「今でも私を悩ませている」
勝負の世界は厳しい。勝者の陰には必ず敗者がいる。2018年平昌冬季五輪カーリング女子の3位決定戦。ロコ・ソラーレの日本メンバーが銅メダルを決め、歓喜の涙を流して抱擁を交わす後ろで、英国のスキップ、イブ・ミュアヘッドは全ての責任を背負い、失意の表情を浮かべていた。「あのショットは、今でも私を悩ませています」。世界カーリング連盟のサイトで、胸中を打ち明けた。銅メダルをつかんだ14年ソチ五輪とあまりにも対照的な結末は、4年近くたった今も深い傷として残る。悲喜こもごもの五輪を経験した31歳は来月、自身4大会連続出場となる北京五輪に臨む。(時事通信ロンドン特派員 青木貴紀)
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平昌五輪の3位決定戦。英国は3―4ながら、有利な後攻で最終第10エンドを迎えた。日本のスキップ藤沢五月の最終投は日本の石をかすめ、狙った位置に届かずに止まった。この時点で、円心に最も近いナンバーワンの石は英国。2番目に近いナンバーツーと3番目のナンバースリーは日本だった。
ミュアヘッドは日本の石2個を円心から遠ざけ、ナンバーワンとツーを確保して勝負を決める作戦に出た。日本選手は敗戦を覚悟して見詰めていた。しかし、ミュアヘッドの最終投は狙い通りにいかず、はじいた日本の石が無情にも回転しながら円心へ引き寄せられた。表彰台を懸けた重圧が精度を狂わせた。「メダルを獲得するためのショットだったのにミスをしてしまい、つらかった。このことがずっと頭から離れない」
ソチ五輪は銅メダルで栄光
ミュアヘッドは10年バンクーバー五輪に19歳の若さで出場。スキップを務めて7位に入った。当時は大舞台を純粋に楽しんでいた。「一番の思い出は開会式。歩いている時の観客の様子は忘れられない」。13年に世界選手権で優勝。14年ソチ五輪はスイスとの3位決定戦で精密なショットを重ね、最後に正確なドローショットを決めて銅メダルを獲得。涙を流して感慨に浸った。
「スキップはショットを決めれば全ての栄光を手にするが、ミスをした時は全ての非難を浴びることになる」
大きなショックを受けた平昌後の道のりは平たんではなかった。股関節を痛めて手術を受け、リハビリに励む日々。北京切符を懸けた21年世界選手権では8位に沈んだ。チーム構成は平昌から大きく変わり、当時のメンバーは自身だけ。豊富な経験を生かしてチームをまとめ、11月の欧州選手権を制してようやく光が差し込んだ。
12月の北京五輪最終予選はロコ・ソラーレの日本に快勝。1次リーグ1位となり、4度目の五輪切符を手にした。「夢のようなこと。数カ月前は、こんなことは起こらないと思っていた。全てのハードワークとチームワークのおかげで、このような瞬間が訪れた」
自信深め、決意新た
国際大会で続けて好成績を残し、自信を深めて五輪本番へ向かう。1次リーグの初戦は昨年の世界選手権を制したスイス。第2戦は平昌金メダルのスウェーデンと序盤から強豪との戦いが続く。
「1次リーグはいつも難しい。どの試合もとてもタフになる。最大のライバルはカナダのジェニファー・ジョーンズだと思う。彼女はこれまでに(ソチ)五輪、世界選手権で優勝している。他にもスウェーデン、スイスと数え上げればきりがなく、どこも外すことはできない」
栄光と挫折の両方を味わった夢舞台。4度目の五輪は「神様」と「魔物」のどちらがほほ笑むのか。もがき苦しみながらも再起を果たし、新たな決意を胸に挑む。苦い思い出を振り払い、8年前と同じようにアイスの上で最高の笑顔を輝かせるために。
(2022年1月17日掲載)