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張本に今、必要なこと 卓球男子・田㔟新監督に聞く

2022年01月18日13時00分

 東京五輪後、水谷隼が第一線から遠ざかった日本男子卓球界。その後の世界選手権などではダブルスで成果を挙げた半面、シングルスでは苦戦を強いられた。昨年10月から日本男子代表を率いる田㔟邦史監督(40)に、張本智和(木下グループ)ら日本と世界の現状をどう見ているか、間近に迫った全日本選手権(1月24~30日、東京体育館)にはどんな戦いを期待するかなどを聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 ―昨秋の監督就任前後から12月にかけてアジア選手権、世界選手権、世界ユース選手権など国際大会が続きました。一連の大会から最も強く感じたことは。

 田㔟監督「まずはアジア選手権で宇田幸矢、戸上隼輔(明大)のペアが男子ダブルスで日本として45年ぶりに優勝できた。戸上はシングルスも3位。混合ダブルスでは戸上と早田ひな(日本生命)が優勝した。五輪後で中国が出ていないとはいえ、中国以外に勝つことも非常に大切で、コロナ禍で国際大会も少ない中で若手が結果を残せた。世界選手権でも男子ダブルスで宇田、戸上が初出場で銅メダルを獲得したことは非常に評価できる。混合ダブルスの張本、早田も実力通りの力を発揮して銀メダル。

 ただ男子シングルスは最高(戸上)でも3回戦。しっかり反省しなくてはいけません。その後の世界ユース選手権では篠塚大登(愛工大名電高)と木原美悠(エリートアカデミー)が混合ダブルスで中国ペアを2組倒して優勝した。もう一つは松島輝空(神奈川・星槎中)がU15の男子シングルスで非常に良い戦いをして優勝できたので、次世代に期待できると思います」

張本には環境の変化も必要

 ―張本選手は世界選手権では初戦でヤクブ・ディヤス(ポーランド)に負け、その後のワールドテーブルテニス(WTT)カップファイナル(シンガポール)では決勝で世界チャンピオンの樊振東(中国)に敗れましたが、大会を通していい試合をしました。現状をどう見ていますか。

 「一つの大きな課題は、いかに世界選手権や五輪というビッグゲームで初戦から実力を発揮できるか。シンガポールでは、世界選手権が終わって緊張から解き放たれ、試合も3種目こなしていたので感覚も戻ってきた。本来あれだけの力はある。世界選手権などで、勝ちたいけれども相手がどんどん向かってくる中で、どう打破していくか。環境を整えてあげるか、少しメンタルの調整が必要なのか」

 ―五輪でもシングルスで負けた後、団体戦では粘り強い試合をしましたが、大きな試合で負ける時の内容が気になります。

 「いつも同じような負け方をする。サービスも同じ、レシーブも同じ。いろんなことができるのに一つに固執してしまうところがある。考え方なのかメンタルなのか、準備の段階にも課題があるかなと思います」

 ―若いのにエースとして期待される重圧も。

 「本人が一番感じていると思います。負けず嫌いだから勝ちたい気持ちも強いし、それが強すぎて空回りしているのか、調整がうまくいってないのか」

 ―技術的には、フォアとバックでそれぞれ強いボールを打てる時のスイングの大きさや台との距離が違っていて、樊振東との試合でもよく攻めましたが、その違いを突かれて逆を振らされました。

 「張本も分かっていると思います。フォアの威力を出そうと思うと重心をためて大きく振る。でも、それだとすでに遅れている。体が大きくなっているので、フィジカルとの関係もあります。大きくなると下半身の力が必要になりますが、まだラリーが長くなると上体が浮くところがある」

 ―今の卓球はフォアもバックも同じ速いテンポ、同じ距離で小さいフォームから強いボールを打ちます。

 「今回の樊振東を見ても、あまり下がらず前陣もしくは中陣で速い卓球にパワーが備わっていて、両ハンドで同じような力を発揮できる。今は小さな力で大きな力を発揮する打ち方です。日本の選手はまだちょっと基本に忠実というか、大きく力をためて大きな力を発揮するところがある」

 ―張本選手はドイツへ行ったらどうかとの声も。

 「そのあたりは考えています。ドイツでリーグ戦に出るとTリーグと両立できないので、クラブチームで10日とか2週間、練習させようかと。どんどん世界に出ていろんな選手とやって経験を積み、自分で考えられるようになることで、試合の状況を自分で判断して組み立てていけるようになるんじゃないのかなと」

世界で戦える戸上、成長した松島

 ―戸上選手については。

 「世界選手権では、世界で戦えるスタイルだと感じました。初出場で2試合しっかり勝って(3回戦で)王楚欽(中国)と試合させたかったので、それができただけで十分です。そこでボールの質が違うとか努力しないとあそこでは勝てないとか、本人が感じることが大事。意識が全く変わったので、今後が非常に期待できる。コロナとWTTのシステムによって国際大会にどのくらい出られるか微妙ですが、両ハンドのパワーもあって世界の選手たちが戸上のボールの速さにはびっくりしていた」

 ―宇田選手は世界選手権直前に肩を痛めましたが、全日本で再スタートを切れるといいですね。篠塚、曽根翔選手(愛知工大)といったところは。

 「宇田はもう練習を始めています。曽根もTリーグで活躍している。篠塚もアジア選手権のシングルスでベスト8に入るなど結果がついてきているが、まだ少し波があるのが課題です」

 ―松島選手は世界ユースU15決勝のプレーが素晴らしかった。同じ姿勢でフォアとバックを同じように振り、早いテンポの中で打法や打球点を変えたり緩急をつけたりします。

 「びっくりしました。11月からスロベニアで2大会に出場して、その後2週間ほどドイツのオクセンハウゼンで練習させてから世界ユースで合流したんですが、1カ月ぶりに会って非常にたくましく成長していた。そのまま優勝して内容もよかったので楽しみ。速い中で次々に変えられるのは彼の優れているところです」

多様化する世界の戦型

 ―今の世界の男子の流れをどう見ていますか。

 「中国または世界のトップに勝つためには、前陣または中陣で両ハンドを同じように打てて、そこへパワーが必要だと感じています。もちろんサービス、レシーブの緻密さとか正確さは重要です。ただ今回の世界卓球を見ると、いろんなスタイルの選手が出てきた。例えばベスト8に入ったクアドリ・アルナ(ナイジェリア)はほとんどフォアしかできない。ジャー・カナク(米国)もほぼフォア。準優勝したトルルス・モーレゴード(スウェーデン)は別にパワーがあるわけでもない。なぜ彼らが上位に来るのか。組み合わせで中国選手が集まってしまったこともあるけれども、いろんなスタイルの選手がいる中で、いかに自分の力を発揮できるか。そのためには対応能力や判断力、想像力が必要になります。その意味で欧州勢の活躍にはブンデスリーガの存在が大きいのかなと。いろんな選手と試合をして情報も入って、それを精査して頭で考えて大きな大会で力を発揮する。そこで欧州らしいと思うのは、発想が柔軟というか形にとらわれない」

 ―生き残っていくには人と同じスタイルでは駄目だという考え方。

 「それはありますね。固定概念というか、中国がこの卓球だからといって全員が樊振東の卓球をするのは難しい。子どもたちの成長をこっちが抑えてしまうこともなる。ただ中国や世界のトップに勝とうと思ったら、パワーが必要だし両ハンドスタイルが必要です」

 ―多彩なスタイルの選手が出てくると、個別の選手に絞った対策では追いつきません。

 「もちろん合宿にいろんなタイプを呼んだりしないといけませんが、海外に行かせて多くの選手と練習や試合をさせることです。日本の選手はどんどん海外に出た方がいい。水谷も岸川聖也(現T.T彩たまコーチ)も丹羽孝希(スヴェンソン)もそうしてきた。欧州と日本はプロの環境が違う。彼らは若い時からプロの環境にいて、ブンデスリーガがある。勝てばお金になる、契約金も上がる。若いうちからそういうことを植えつけないと」

 ―外国選手は中国に対するコンプレックスもないように見えます。

 「そこが不思議と言えば不思議ですが、欧州のプロ意識というか、勝てばお金になるといったところにつながるモチベーションの違いがあるのかなと」

選手の「顔」が楽しみな全日本

 ―Tリーグがそうしたリーグになれば。今はコロナで外国人選手が来られませんが、ここを持ちこたえてもう一度、その目的に向かってほしいと思います。ところで代表監督の話があった時はどう受け止めましたか。

 「話をいただいたのは五輪の1週間後ぐらい。自分で務まるのかと考えさせてもらいました。ただ13年から8年間、男子を見てジュニアもやらせてもらって、その選手たちがシニアに上がってくるので、それなりの責任があるという気持ちになって、最終的に判断しました。覚悟をもってやろうと」

 ―倉嶋洋介前監督から受け継ぎたいところ、自分なりにやりたいところは。

 「リオデジャネイロ五輪、東京五輪と成功してきているので、基本的に大きく変えることはないと考えています。味の素ナショナルトレーニングセンター中心の強化に変わりはないですが、コロナがあって、またWTTのルールが変わったこともあるので、簡単に海外に行けなくなった。トレセンで強化して国際大会に出て世界ランキングを上げ、経験を積んでまたトレセンで鍛えるという強化がうまく進まないとなると、強化策を考えないと。ただ倉嶋さんのように選手とコミュニケーションをとり、世界で勝つ厳しさや勝つための卓球をしっかり伝えていかなければと思っています」

 ―恩師の吉田安夫先生から学んだことで、指導者として生きていることは。

 「まず先生が言っていたのは、選手よりも早く卓球場に行く、選手よりも遅く帰る。厳しい目で管理をしなくてはいけないということ。そして常に競争心を持たせることです」

 ―もうすぐ全日本。いつの時代も全日本は選手の大きな目標ですが、パリ五輪はシングルス代表(男女各2人)を世界ランクで決めた東京五輪と違い、日本卓球協会が設定した基準による国内選考になるので、選手同士の意識も変わってきそうです。

 「パリの国内選考会が3月に始まります。自分の力で代表の座をつかみたいと思っている選手が非常に多いでしょう。気持ちが変わった選手は結果がついてくると思うので、選考会を前にして全日本にどんな気持ちで臨んでくるのかなと。選手の顔が非常に楽しみです。同時に、国内で勝てばいいというのではなく、常に世界を意識して、まずは最低限、国内で代表権を獲得するんだという考えを持ってほしいですね」

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 ■田㔟邦史(たせい・くにひと) 1981年9月20日生、山形県長井市出身。青森山田高で名将・吉田安夫監督の指導を受け、高校総体団体3連覇、男子ダブルス2連覇。青森大から協和発酵キリン(現協和キリン)でプレー。全日本選手権の男子ダブルスで倉嶋洋介と組んで2回、混合ダブルスで美貴江との夫婦ペアで2回優勝。2009年世界選手権代表。左ペンホルダー、前陣速攻型。13年からナショナルチーム男子コーチ、ジュニアナショナルチーム監督を務めた。

(時事通信社 若林哲治)(2022.1.18)

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