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記録的不漁のサンマ、養殖できないの? 全国唯一の展示水族館で聞いてみた

2022年11月22日09時00分

 福島県いわき市にある「ふくしま海洋科学館(アクアマリンふくしま)」。県が所有し公益財団法人が運営する水族館で、約800種類の魚類を展示する中でひときわ目を引くのが、県の沖合に生息する魚を集めた「ふくしまの海」のコーナーにあるサンマの水槽だ。アクアマリンふくしまは2000年の開館当初からサンマの展示を続け、世界初の水槽内繁殖にも成功。生きているサンマを見られる全国で唯一の水族館となっている。近年は不漁続きで県沖でも漁獲量が減っているサンマの展示に約20年携わってきた山内信弥飼育員に、その生態と不漁打開への展望などを聞いた。(福島支局 萬紗帆)

繁殖と飼育数の維持に苦労

  秋の味覚の代表種であるサンマは店先や食卓でよく見るだけに、水族館で展示するには地味な印象だ。訪れた際には、およそ200匹がくねくねと泳いでいた。山内さんは「ぱっと見ると『なんだ、サンマか』と思うかもしれないが、泳いでいる姿は見たことないでしょう」と笑う。実はとても神経質な魚といい、うろこもはがれやすいなど傷つきやすく、パニックを起こすと水槽から飛び出たり、壁にぶつかって体が曲がったりしてしまう。そのため、水槽を掃除する際は餌で気を引き、水槽に入れる数も制限している。また、胃を持たない魚のため、飼育員による餌やりは1日3回行う。餌が少ないとすぐに痩せてしまうことから、自動給餌器も設置するなど、「かなり注意を払って飼育している」と山内さんは説明する。

 開館当時、高知県沖の定置網に入った無傷の十数匹を空輸するところから、サンマ展示の挑戦が始まった。水族館では、生きた成魚を運んできて展示することが多いが、サンマは生きたままの運搬が難しいため、水槽内繁殖で数を増やすしかない。水槽内で産卵が確認された際に、どんな環境下で産卵・ふ化するかなど、水温を調節しながら少しずつ繁殖生態の調査を進め、展示数を確保した。山内さんも「サンマは群れで泳ぐ魚なので、展示も100匹単位になる。ふ化しなかったり、大きくなるまでに結構な数が死んでしまったりと、数の維持は大変」と苦労を語る。

 アクアマリンふくしまでは現在、水温調節によって産卵時期を管理している。サンマは水温が20度ほどになると卵を産み始める。自然界では流れ藻に卵を産み付けるが、水槽では人口産卵床を設置している。卵から10日程度でふ化し、約7ミリの体長が1年ほどかけて店に並ぶサイズの約30センチ程度にまで成長する。山内さんによると、「最近、自然界では痩せている個体が多いと聞くが、うちのは脂肪が多くて肥満気味」だという。

技術的に養殖可能だがハードル高く

 近年サンマの不漁が続いている理由について山内さんは「温暖化の問題が大きいと思う。沿岸部の方がプランクトンなどの餌が豊富なのに、高水温で近づけない」と話し、沖合は適温でも餌が少ないため、個体数の減少と小型化を招いていると指摘する。岩手・福島県沖は、北上する黒潮と南下する親潮がぶつかる「潮目」があり水産資源は豊富なはずだが、暖流の黒潮の勢力が強くなるにつれて漁場が遠のいているとみられている。

 不漁が続くなら養殖はどうか。山内さんは「繁殖生態も分かってきているので、技術的には養殖できる」と説明する。アクアマリンふくしまでは現在、同じ系統の個体同士で繁殖をつないでいく遺伝繁殖に8世代まで成功しており、水槽環境に適応しつつある個体も見られるという。

 ただ、実際には養殖のハードルは高い。サンマにとっての適温は15度前後。25度以上では生きるのが難しく、低過ぎても死んでしまう。また、サンマは群れる魚だが、イワシなどと異なり隣と一定の距離を取って泳ぐため、広さが必要になる。水温条件を満たす海が日本周辺にはないため海洋養殖は難しく、陸上養殖を想定した場合は、ストレスをかけないよう大規模な水槽施設と温度管理設備が必要になる。山内さんは「ランニングコストが高過ぎて、今以上に高級魚になってしまうので、現実的ではない」と説明する。養殖は主に高値で取引される魚が対象となっており、寿命が1~2年と短く大衆魚であるサンマには向かないようだ。

 それでも、食卓で見られなくなることがないよう、アクアマリンふくしまは2022年から、国立遺伝子学研究所、北里大と共同で、サンマの基礎研究に取り組む。今後の養殖への発展なども見据え、繁殖技術の継承は命題だ。「技術を残しておくことは種の保存にもつながる」と山内さんは話す。

食べられる魚で「命の授業」

  アクアマリンふくしまでは、サンマをはじめ、食べられる魚の飼育と展示に重点を置いている。例えば、いわき市の市の魚に指定されている「メヒカリ」(アオメエソ)は、繁殖シーンを誰も見たことがない謎の多い深海魚だ。精巣と卵巣の両方を持つ「雌雄同体」にもかかわらず、両機能とも成熟した個体が見つかったことがないという。アクアマリンふくしまは今夏、死んだ個体が卵を持った成熟個体であることを確認し、世界初のケースとなった。

 メヒカリは、福島県のほか静岡県や愛知県などでも食べられており、一定量の水揚げがある。なじみのある魚でありながら、どこで繁殖しているのか全く分からない種は珍しく、繁殖生態の研究を進めている。ただ、水深200メートルほどに生息するメヒカリは、生きたまま水揚げされること自体が珍しく、館内で展示中に死んでしまった成熟個体を最後に、展示は休止している。山内さんは「地元の漁師さんに協力してもらい、また生きた個体を見つけて展示したい」と今後に期待を寄せる。

 一方、学習企画営業部の西山綾乃さんは「子供たちには身近な魚だからこそ、命を頂いているんだという食育になる」と語る。館内では、釣り堀で釣ったアジやサケをその場で唐揚げにして食べたり、水槽の前ですしを握ったりと、「命の授業」が日々行われている。

 また、「ハッピーオーシャンズ」と名付けた取り組みでは、水産資源の安定性を青・黄・赤の信号で示して消費者に発信。資源量の少ない魚をなるべく避けて、数が多く安定した資源量のある魚介類を食べようと呼び掛け、持続可能な水産資源の利用を考える機会を提供している。

 アクアマリンふくしまは2011年3月の東日本大震災で津波に襲われ、近年も地震に見舞われるなど、飼育中のサンマ全滅という危機に何度も直面したが、何とか乗り越えてきた。山内さんは「サンマはいるものだと思って来館してくださる方の期待に応えたい。今後も、生態を観察しながら展示を続けていく」とし、「不漁は日本だけのことでなく、世界的に見ても漁獲量が減っている。泳いでいる姿を通して、なじみある身近な魚がどういう状況にあるのか考えるきっかけになればうれしい」と話した。

 デジタル農業情報誌「Agrio」2022年11月15日号より

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