時事総合研究所客員研究員・堀義男
民間企業の宇宙事業参入が相次ぎ、業界の壁を越えた新市場が誕生している。特に、人工衛星からの観測データ利用やインターネット接続などが地歩を固め、従来のロケットなどの製造や打ち上げ以外の多様な民間ビジネスが軌道に乗ってきた。
2021年夏には、米起業家イーロン・マスク氏が創設したスペースXなど3社が宇宙旅行に成功し、21年は「宇宙旅行元年」と称される。今後も旅行に限らず、市場の裾野の広がりが見込まれる。
成長期待から民間参入が世界で進み、日本でも小型ロケット打ち上げのインターステラテクノロジズ(IST、北海道大樹町)のようなスタートアップ、ソニーやホンダなど宇宙系以外の大手企業が続々と参入する。多彩なプレーヤーが入り乱れての宇宙大競争時代が幕を開けた。
総合企業へ
米航空宇宙局(NASA)とスペースXが20年5月、新型宇宙船「クルードラゴン」で米国として9年ぶりの有人飛行を行った。宇宙ビジネスコンサルタントの大貫美鈴氏は日本記者クラブで「世界全体の宇宙産業振興につながる」と歓迎した。事実、スペースXは21年9月、4人の民間人をクルードラゴンに乗船させて約3日間の宇宙旅行を実現した。
同船の開発はスペースXが中心に進めたもので、政府主導だった有人飛行分野でも民間企業がリード役になる力を蓄えたことを物語る。大型ロケット打ち上げでは同社と欧州のアリアンスペースが覇を競うが、専業のアリアンスペースに対し、スペースXは開発・製造分野でもトップクラスに成長し、総合力で引き離す。
宇宙ビジネスで持続的成長を図るには、事業の「複合化」が有力な選択肢の一つになる。ISTの稲川貴大社長は日本記者クラブで「ロケット、人工衛星、地上系までの垂直統合が進む」との見通しを示した。スペースXがデータ利用や宇宙旅行など総合宇宙企業化に積極的なように、海外有力企業の取り組みはドラスチックだ。現在は小型ロケットの開発、打ち上げに取り組む稲川氏も「小惑星の探査、開発を構想している」と先を見据えた。
現在、宇宙事業には「スペース4.0」と呼ばれるスタートアップが相次いで登場し、さまざまなアイデアで市場創出と攻略を狙う。稲川氏は「競争環境は国対国から民間企業同士に転じている」と説明する。こうした新興企業の中にはSPAC(特別買収目的会社)を活用して上場を目指す動きが20年末ごろから強まり、「10社以上が上場を果たした」(大貫氏)。宇宙ビジネスの将来性への金融市場の期待をうかがわせる。
宇宙への輸送業
大貫氏は近年の特徴として、小型化や再利用によるロケットの「価格破壊」の進行、リモートセンシングと呼ばれる観測データ利用での人工知能(AI)活用、コンステレーション(低軌道での複数の小型人工衛星の統合運用)システムの普及を挙げる。こうした中、重量が500キログラム以下の小型人工衛星の打ち上げ需要が急増しており、20年の打ち上げ数は世界全体で約1200基に達した。「今後もまだまだ増える」(大貫氏)とされ、18~27年累計では7000基に達するとの見通しもある。
稲川氏も「通信や安全保障などさまざまなプレーヤーが宇宙空間を利用しようとしており、小型人工衛星市場が盛り上がる」と強調する。これを受けて「ロケットも時代に合わせた変化」が促されているとし、人工衛星の小型化に応じて小型ロケット製造・打ち上げ事業に大きな商機があるとみている。
従来は三菱重工業などの大型ロケットに多数の人工衛星を搭載して打ち上げていたが、コストが高くつく上、打ち上げる人工衛星が一定数集まるまで待ち時間が生じる。このため「小型人工衛星専用で、狙った低軌道に投入しやすく、低コストの小型ロケット開発競争が激化している」(三菱総合研究所)という。
「日の丸小型ロケット」としては、IHIエアロスペース(東京)が機体システムの開発・製造を手掛ける宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「イプシロン」が、小型人工衛星の宇宙空間投入を含めて実績を重ねている。さらに、ISTが開発・製造し、大樹町の射場から高度100キロメートル程度の宇宙空間へ打ち上げを複数回成功させた小型ロケット「MOMO」を手掛けている。
21年7月には6、7号機の打ち上げに連続で成功。6号機は観測機器などのペイロード(荷物)の放出・回収にも成功した。同社は現在、MOMOより大型で小型人工衛星打ち上げ用の「ZERO」の開発・製造に取り組んでおり、23年度に打ち上げを予定する。同社はZEROを携え、成長市場とされる小型ロケット市場に本格参入を図る。
ただ、世界では米ロケットラボや、中国の重慶市政府などとの連携で潤沢な資金に恵まれる重慶零壱空間航天科技といった海外勢が先行する。稲川氏も国際的な競争を認め、「(打ち上げ)コストが非常に重要になる」と気を引き締める。その上で「ロケット事業は宇宙への輸送業。便利で安価にしたい」と意気込みを示す。
一層の資金支援を
宇宙市場は20年の約40兆円から「今後20年で100兆円規模になる」(稲川氏)との見通しがあるほか、40年代には305兆円規模に達するとの見方も聞かれる。観測データ利用やネット接続で活用されるコンステレーションの普及が成長の原動力の一つになっている。
大貫氏も現在の市場のけん引役は、こうした観測データ利用や通信などの衛星利用サービスだとし、特に「人工衛星を利用した高速・大容量のネット接続のブロードバンド分野の伸び率が高い」と解説する。
三菱総研によると、宇宙ビジネスは①人工衛星製造②データ利用③衛星観測・データ提供④打ち上げサービス⑤宇宙旅行⑥宇宙空間利用⑦月・惑星資源開発─などに整理できる。日本のスタートアップでは、ISTが小型ロケット製造・打ち上げ、QPS研究所(福岡市)が小型合成開口レーダー(SAR)衛星打ち上げによるデータ観測、アストロスケール(東京)はロケット部品や衛星などの宇宙デブリ(ごみ)の除去衛星打ち上げ、ispace(東京)が月面探査を目指すなど独自の事業構想を掲げ、取り組みを進めている。
大手系ではキヤノン電子やIHIエアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行が共同出資するスペースワン(同)が和歌山県内に自前の射場を準備して、小型人工衛星を搭載した小型ロケットを20年代半ばに年間20基打ち上げる計画だ。ホンダは重量1トン以下の小型人工衛星を宇宙空間に運ぶ小型ロケットを開発し、30年までに打ち上げるとしている。
ソニーも宇宙空間体験を目指し東大、JAXAと共同で、ソニー製カメラを搭載した超小型人工衛星および地上から自由に遠隔操作可能なサービス用システムそれぞれの開発に着手。ANAホールディングスも航空機を利用した人工衛星打ち上げの日本での事業化で、米スタートアップと提携する。
もっとも、米国勢は次なる成長を目指し、事業複合化の動きを加速している。米ブルーオリジンはロケットの打ち上げや今後の宇宙旅行に続き、20年代後半に宇宙ステーションの商業運用を目指す。国や企業へのスペース貸与や、宇宙旅行の受け入れ拠点化などを計画している。
スペースXは既に国際宇宙通信事業者の顔も併せ持ち、高度550キロ前後の低軌道に約1500基の人工衛星を運用する通信衛星サービスを始めている。中国も政府の強力な支援を背景に民間企業が力を伸ばす。
日本では、大樹町が宇宙関連や観光など広範な産業集積を図る構想の下、ISTや北海道電力、地元金融機関などと新会社を設立。「低軌道打ち上げで最高の良港」(稲川氏)である同町のロケット射場整備を進めるなど、地域で宇宙事業の後押しに取り組んでいる。
ただ、宇宙事業振興には政府の役割が欠かせない。稲川氏は宇宙2法(宇宙活動法と衛星リモートセンシング法)の制定による制度面の整備を歓迎しつつ、NASAはスタートアップに「資金、技術を含め支援を続け、(成長の)種をまいてきた」と指摘。日本も資金面を含めた政府の支援強化が必要になっている。