環境ジャーナリスト・竹田有里さん
地球温暖化が叫ばれて久しい。2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で採択された文書には世界の気温上昇を「1.5度に抑える努力の追求」も明記されたが、温暖化が進むと私たちの生活はどのような影響を受けるのだろう。防止するためにできることはあるのか。各国を取材する環境ジャーナリストの竹田有里さんに寄稿をお願いした。
水サイクルに異常、「環境難民」も
地球温暖化という言葉はよく耳にするけれども、いったいどんな影響が出ているのだろうか。子供の頃から自分の目で確かめないと気が済まない気質の筆者は、気付いたらカメラマンとともに飛行機に飛び乗っていた。温暖化による海水面上昇でクロアチアでは海抜数メートルの世界遺産が洪水の被害に遭い、オーストラリア・グレートバリアリーフのサンゴ礁も危機的な状況に追い込まれていた。
人々の暮らしにも影響が出ていた。インド、モンゴル、インドネシアでは、干ばつ、洪水、異常気象で農家や漁師、遊牧民が職を失い、住む家を手放し「環境難民」(環境変化によって難民化した人々)になっていた。
世界各地を回って感じたことは、温暖化で地球全体の水のサイクルが狂い始めているということだ。それを的確に表現した人物がいる。「温暖化により水が豊かな地域と水が不足している地域の差が増加しつつあることは、水資源の管理にとって深刻な問題となっている」。コンピューターを使った地球温暖化などの予測手法を確立し、ノーベル物理学賞に選ばれた米プリンストン大の真鍋淑郎上席研究員が 2021年12月、ノーベル財団主催の記念講演で語った言葉だ。
被災地取材が生んだ「木のストロー」
日本での温暖化の影響は(ほんの5~6年前は海外で取材をしない限り見ることはなかったが)、ここ数年、目で見える形で表れ始めている。毎年のように発生する未曽有の集中豪雨やそれに伴う土砂災害などだ。
こうした被災地の取材で筆者に「気付き」をもたらしたのが、地元・岡山県が大きな被害を受けた2018 年の西日本豪雨災害だ。現場を渡り歩く中、被災地の現状を伝えると同時に、社会に日本や世界が直面している現実を知ってもらう「きっかけ」を発信したいと思った。
そこで発案したのが、世界初の木のストローだ。
日本の森林の約4割は人工林が占める。人工林は間伐などの手入れがされていれば、木材の品質が向上する上、水源かん養機能や土砂流出防止機能も高まる。だが、林業就労者の高齢化や後継者不足などで放置される人工林が増加。こうした地域では、いったん雨が降ると土砂災害を引き起こしやすくなる。
間伐材の有効活用に加え、昨今の海洋プラスチック問題を受けた「脱プラ」の実現も目指し、住宅メーカーに声を掛けた。制作は危険な機械作業を伴わない座り仕事。障がい者の方々や高齢者の皆さんが1本1本手作りしたストローは、ホテルや空港などで利用されている。
全国各地でストローのワークショップや出前授業を実施しているのでぜひ参加し、気付きの質を高めてほしい。教育機関で教材として利用しているほか、メーカーを引退したシニアの皆さんが、ものづくりの経験を生かし、別の工法で細工したストローを開発したり、ある協同組合が「農福連携」(農業と福祉)に活用したりと、木のストローをおのおのの分野で応用化させるアクションを起こしている。
実は、木のストローはSDGs(持続可能な開発目標)17目標のほぼ全てのゴールを達成している。ストロー1本で温暖化は止められないが、ストローをめぐる社会的な背景に思いをめぐらせてほしい。そうすれば必然と私たちは今からできることを迅速に行動に移せるはずだ。
日本初の海中教室、「クラゲ」と思いきや…
木のストロー開発後、さらに海洋プラスチック問題を掘り下げて街を取材すると、非常に驚いた出来事があった。海洋都市・横浜市で「わが街の海を潜ったことがない」「そもそも海辺に行ったこともない」という子どもがあまりにも多かったのだ。日本財団の調査によれば、10代の4割が海への愛着をあまり感じていなかったという。
一方、米国では子どもの海洋プラスチック問題への関心が高く、率先して課題に取り組む学校が多い。ビーチを有さない内陸部でも海洋問題への教育は盛んだという。
早速、現地の小学校を訪問すると、教室のスクリーンに何やら海中のビデオが…いやビデオではない!海に潜ったカメラマンからの中継映像だ!
子どもたちが直接カメラマンに質問や要望を投げ掛けると、カメラマンがカメラを動かし、特殊マイクでリポートしながら子どもたちに応答する。これは、NOAA(米国海洋大気庁)が地元の流域、海、および国立海洋保護区などの海域保護・保全のために全米の幼稚園から高校を対象に展開している「Ocean Guardian School Program」の一環だ。
NOAAによれば、授業を受けた子どもたちの66%が家族や友人、自分のコミュニティーに環境問題などについて語っているという。
斬新なプログラムだが、メディアの人間であれば類似の授業はできるはずだ。筆者がコーディネーターを務める「ヨコハマ S D Gsデザインセンター」(横浜市)や番組を共に放送してきた制作会社に相談すると、すぐに、市内の小学校で日本初の海中教室が実現。教壇には海洋政策研究所の古川恵太博士(通称:ハゼ博士)に立ってもらった。
ハマっ子たちは、ハゼ博士の授業を聴きながら目を輝かせ、みなとみらいの海の中をのぞいた。ハゼや小さな魚、カニなどを見つけたが、空き缶などのごみも目立つ。突如1人の児童が「カメラストップ!クラゲだ!」と叫んだが、残念ながらスーパーのゴミ袋だった。
人間の目でさえごみを生き物だと見まがうのだ。海洋生物がごみを誤飲して窒息してしまう、まさに海洋プラスチック問題を肌身で感じた一瞬だった。児童たちは驚きの声を上げ、海、そして森・川・里の現状を学び始めた。海中教室は大成功を収めた。
新型コロナウイルスのまん延で対面授業は困難だが、全国の自治体から開催を求める声が上がっている。もちろん対象は教育機関に限定していないので、老若男女参加していただきたい。現在は手弁当での草の根活動だが、NOAAのように、国レベルで海中教室などの教育プログラムを持続的に開催できるよう働き掛けたいと考えている。
「1人の100歩」より「100人の1歩」
私たちは森林や海洋などの地球環境や生物から、多大な恩恵「生態系サービス」を享受している。国際自然保護連合(IUCN)によれば、生態系サービスの経済的価値は年間33兆ドル(約3040兆円)にも上る(2021 年の日本のGDP は5.3兆ドル)。大自然の恵みを存分に受けていながら、破壊し続けているのも人間だ。
法整備や制度づくりなど当然今後も国や自治体レベルで推進すべきだが、個人レベルでもアクションできることは多々ある。それは省エネやマイバッグ持参、環境に正しい製品を買うだけではない。自分の仕事の分野や日頃やっていることで、誰か置き去りにしていないか気付くことだ。
筆者の場合、記者として「全ての人にSDGsな行動をしよう」とは報道しない。国民生活基礎調査によると、ひとり親世帯の貧困率は48.3%と世界で3番目に高くなっている。「SDGs なんてやっている余裕はない」という方もいるだろう。脱プラにフォーカスしがちな SDGs だが、自国の貧困問題解決にも目を向けてほしいと思う。
木のストローで言えば、発案時、プラストローの生産者はどうなるのか着地点を見いだせなかった。プラスチックが悪だとやり玉に上がっているが悪者ではない。人間の扱い方の問題であり、どう対処するのか導かねばならなかったのだ。
木のストローしかり、海中教室しかり、人間は新たな発見や気付きを得ることで、人類や動植物が多様性を保ちながら生きていける新たな社会の姿を描くことができるに違いない。ゼロから新しいことを生み出すことは難しいが、身近な環境下で既にあるモノやコトに共通点を見いだすことや、見落としているものがないか再発見することにも価値はある(木のストローは、ウミガメの鼻に突き刺さったプラスチックストローの動画と土砂崩れの現場から共通点を見いだして思い付いた)。
希望的観測を持って知恵を絞れば、必ず誰か共感してくれる人がいる。SDGsはオーケストラのようなものだ。一つのゴールだけを達成しても、一部の人たちだけが取り組んで満足しても、美しいハーモニーを奏でられない。「1人の100歩より100人の1歩」。100人が同じ方向を見据えて17のゴール全てをアンサンブルさせることでより良い未来を開けるはずだ。
竹田有里(たけだ・ゆり) 環境ジャーナリスト。1987年岡山県生まれ。上智大地球環境学研究科修了。TOKYO MXでキャスター、報道記者などを務め、 災害報道や環境番組を制作した。フジテレビの環境ドキュメンタリー番組「環境クライシス」の記者兼ディレクター。 海洋白書(海洋政策研究所刊行)の編集委員も務める。女性ファッション誌「with online」で「竹田有里のユルリな SDGsラボ」を執筆中。 発案した「木のストロー」は2019年のG20大阪サミットなどで使用された。
(2021年12月28日掲載)