5時間の熱戦を締めくくる
2021年のプロ野球はヤクルトが20年ぶりの日本一に輝き、シーズンの幕を閉じた。2年連続セ・リーグ最下位から奮起して6年ぶりにリーグ制覇を果たし、巨人とのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージも無敗で突破。パ・リーグの覇者オリックスとの日本シリーズを4勝2敗で制し、頂点に立った。立役者の一人が抑えを務めた右腕、スコット・マクガフ投手(32)だ。試練を乗り越えた胴上げ投手の奮闘にスポットを当てた。(時事通信運動部 峯岸弘行)
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11月27日。ヤクルトの3勝2敗で迎えた日本シリーズ第6戦。延長十二回、5時間ちょうどという熱戦を締めくくったのがマクガフだった。午後11時を過ぎ、気温6度のほっともっとフィールド神戸。吐く息が白い肌寒さの中、半袖のアンダーシャツでマウンドに立つ守護神は、懸命に腕を振った。2死一塁。オリックスの宗佑磨を二ゴロに打ち取ると、力強くガッツポーズ。悲願の日本一に感極まって涙を流す石川雅規、青木宣親、川端慎吾、村上宗隆らチームメートと歓喜の輪をつくった。
高津臣吾監督はマウンド付近に集まった選手らにねぎらいの言葉をかけ、胴上げされた。10度宙を舞った直後。マクガフを目にすると、しっかりと抱きしめた。苦しみながらも日本一に導いた右腕への感謝の気持ちを表しているようなシーンだった。マクガフは、充実したシーズンをこう思い起こす。
「コロナ下で大変な状況の中、スワローズだけでなく、多くのプロ野球ファンの応援のおかげで日本一になることができた。時にはファンの皆さんの期待を裏切る投球をしてしまったが、自分自身ができる最善を常に心掛け、全力でプレーした」
まさかの逆転サヨナラ負け
第1戦は20歳の奥川恭伸が7回1失点と好投し、相手のエース山本由伸と堂々と渡り合った。同点の八回に21歳の4番打者、村上が勝ち越し2ラン。ヤクルトの将来を背負う若手が投打で躍動した。白星発進には、2点リードの九回をマクガフが抑えるだけだった。しかし、四球や自身の拙守も響いて一つのアウトも取れないまま3点を失い、まさかの逆転サヨナラ負け。オリックスのナインが劇的な勝利に喜ぶ様子を横目に、肩を落として重い足取りでベンチへと下がった。
その翌日。高津監督はマクガフに声を掛けた。「全く僕は気にしていない。あなたに任せている」。日米通算313セーブで、抑えの重圧は誰よりも理解している。一度の救援失敗くらいで信頼が揺るがないことを伝えた。伊藤智仁投手コーチも「やられることはあるけど、それを引きずらないように。次もアグレッシブな姿でマウンドに立ってほしい」と、クローザーとしての期待が変わらないことを強調した。「いつも自分のことを支えてくれた伊藤、石井弘寿両投手コーチ、そして高津監督に心から感謝している」。首脳陣からの厚い信頼を意気に感じて、奮い立った。
奮起して連続セーブ
第2戦で高橋奎二が完封し、移動日を挟んだ第3戦。マクガフは、これまで通りに1点リードの九回を託された。2死三塁から第1戦でサヨナラ打を浴びた吉田正尚を申告敬遠で歩かせ、4番の杉本裕太郎と勝負。一ゴロに仕留め、今シリーズではホームとして使用した東京ドームのヤクルトファンを熱狂させた。高津監督は「初戦でやられたことは頭から離れないと思う。勝ちに導く投球をしてくれて、われわれにも、あすの元気になる」とたたえ、ほっとした表情を浮かべた。
第3戦に続いて、第4戦もセーブを記録。チームは日本一に王手をかけた。第5戦。同点の九回、代打アダム・ジョーンズに手痛い決勝ソロを打たれた。緊張感のある短期決戦で、勝敗に直結する厳しい役割。抑えて当然、打たれたら失敗、と言われる重圧の中で、日々戦っていた。
息詰まる延長戦、回またぎの熱投
敵地に移った第6戦。投手戦で1―1のまま延長に突入すると、十回2死でマクガフに出番が回ってきた。シリーズ5試合目の登板。それでも、疲れた様子を見せるどころか、気迫満点の投球で4番杉本を見逃し三振に。十一回も代打の頓宮裕真、紅林弘太郎を連続で見逃し三振に仕留めるなど、付け入る隙を与えなかった。
その力投に、味方打線が応えた。十二回の攻撃で、代打川端が値千金の勝ち越しタイムリー。この1点リードを守るべく、当然のように右腕は続投した。150キロ超の速球は力があり、最後までオリックス打線を寄せ付けなかった。2回3分の1を無安打無失点。守護神としては異例の回またぎで2イニング以上。気持ちがこもった33球の熱投だった。
積み重ねた「日本の打者」対策
シーズンを振り返ると、開幕は中継ぎから。抑えだった石山泰稚の不調により、5月後半からクローザーに配置転換となった。持ち場が変わっても落ち着いたマウンドさばきで、チームの勝利に貢献し続けた。来日3年目。コーチ、スタッフと日本の打者への攻め方についてミーティングを重ね、変化球の握りを微修正するなどして対策を講じてきた。バッテリーを組む中村悠平との連携が強くなったこともプラスに働いた。2年間の積み重ねが、3年目で実を結んだ。
「どの打者がどういうアプローチをしてきて、どういう球が好きか、細かいところの知識が増えてきた。中村選手とのコミュニケーションも深まった。彼は投げさせたい球をすぐに言ってくれる。そこが(昨年までと)大きな違い」
飛躍の一年には、高津監督のサポートも大きかった。「すばらしいリリーフ投手だった方。自分たちのことを見て、どういう形で試合に入り、何試合投げているか。練習、キャッチボールの段階で、どういう形で入っているかなど、しっかり見てくれているので、いい状態を保てていた」。首脳陣は今季、救援陣について3連投までを基本とし、疲労の蓄積に配慮。けがへの予兆も見逃さないように注意した。投手の状態に関する「管理」が徹底されていたのは、マクガフにとっても意味のあることだった。
五輪の米国代表、日本と金メダル争い
日本での活躍は母国に伝わり、今夏の東京五輪には米国代表の一員として出場。決勝で日本に敗れたものの、銀メダルを獲得した。五輪を終えて再びヤクルトに戻った時、周囲に伝えたい思いがあった。日本でプレーしてきたことを誇らしく思えた、という実感だ。
「一番印象に残っているのは、米国代表のチームメートが日本のレベルの高さをすごく褒めて、驚きを見せていたこと。その点に関しては感激した。日本を相手にして、世界に日本のレベルの高さを見せられた」
決勝では山田哲人との対戦も実現。「親友であり、チームメート。素晴らしい経験になった」とマクガフ。右前打を許し、「いい球を投げたと思ったけど、それを上回るいい打撃をされたので、そこは複雑な思い」と苦笑い。金メダルには届かなかったが、試合後はヤクルト勢と一緒に記念撮影をするなど、ライバルから友人に戻って互いの健闘をたたえ合った。
「21年はたくさんの出来事があった。米国代表として五輪に参加し、日本と試合をすることができた。山田、村上両選手と五輪で対戦したことは、素晴らしい思い出となった」
周囲も舌を巻く鉄腕ぶり
マクガフは今季66試合に登板し、3勝2敗31セーブ、14ホールド、防御率2.52。開幕から抑えを務めていれば、阪神で42セーブを挙げて最多セーブのタイトルを獲得したロベルト・スアレスの成績を上回っていたかもしれないと思わせるほどだった。
6年ぶりのリーグ優勝が決まった日も、CSファイナルステージで日本シリーズ進出を決めた試合も、九回のマウンドを任されたのはマクガフ。日本シリーズでは6試合中、第6戦の回またぎを含む5試合に登板した。まさにフル回転だ。球団関係者が「彼のすごいところは、2軍に落ちない。けがをしないし、痛いとも言わない」と語るように、シーズンを通して、周囲が舌を巻く鉄腕ぶりを発揮した。
来季は2年契約の2年目になる。チームを愛するナイスガイは、日本シリーズを終えて帰国する際に誓った。「来年、さらにパワーアップした自分を見せられるよう、しっかりトレーニングし、ファンの皆さんの前に戻ってきます」。日本の野球をリスペクトし、さらなる進化を目指して懸命に取り組む。2年連続日本一を目指すヤクルトにとって、来季も欠かせない存在になるはずだ。
(2021年12月14日掲載)