父ディープの後継種牡馬に
希代の名馬が有終の美を飾った。2020年に、中央競馬で史上3頭目の無敗での3歳クラシック三冠を達成したコントレイル。引退レースとなった11月28日のGⅠ、第41回ジャパンカップ(東京競馬場、芝2400メートル)で、断然の1番人気に応えて快勝した。
今後は19年に早世した父ディープインパクトの後継種牡馬として新たなステージに進む。馬名を示す「飛行機雲」のように、鮮やかな筋を描いた競走馬生活。陣営の言葉と重ねて、その2年2カ月を振り返る。(時事通信大阪支社編集部 西村卓真)
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コントレイルは19年9月に阪神でデビュー。北海道新冠(にいかっぷ)町の生産牧場、ノースヒルズの前田幸治さんは「最初、ここまでの馬になるとは思っていなかった」と述懐する。衝撃的だったのは2戦目の重賞初挑戦、東京スポーツ杯2歳ステークス(当時GⅢ、東京・芝1800メートル)の内容だ。
衝撃的な重賞初勝利
英国の名手、ライアン・ムーア騎手を背に中団を追走。最後の直線ではじけるよう抜け出すと、2着に5馬身差をつけた。1分44秒5の優勝タイムは中央競馬の2歳レコード。この時点で関係者から「来年のダービー馬は決まりでしょう」という声が上がった。
3戦目のホープフルS(GⅠ、中山・芝2000メートル)も危なげなく勝利。19年度の最優秀2歳牡馬に輝き、翌年のクラシック戦線の主役として期待された。
「遊びながら」ダービー完勝
迎えた20年の皐月(さつき)賞。サリオスに半馬身差で競り勝った。そして日本ダービー。2強対決が予想されていた中、終わってみればコントレイルの独壇場だった。最後の直線で馬場の真ん中から楽々と抜け出して独走。2着のサリオスに3馬身差をつけた。
「遊びながら勝っている。相当優秀な馬」。主戦の鞍上を務めた福永祐一騎手にとって、驚きのダービー2勝目だった。 新型コロナウイルスの影響で、戦後初めて無観客で行われた競馬の祭典。福永騎手はレース後、無人のスタンドに向かって頭を下げた。「たくさんの方が画面越しに見ていると思って騎乗した」。寂しさも残る中、コントレイルを同世代のサラブレッド7262頭の頂点へと導いた。
苦しんで無敗の三冠達成
どの馬も初めて走る菊花賞の3000メートル。福永騎手と矢作芳人調教師はレース前、「この馬にとっては長い距離」と口をそろえた。コントレイルの母系の血統はスピードタイプ。適性距離でないのは承知の上で臨んだ。
道中は行きたがるそぶりを見せながら、迎えた最後の直線。ここから後続を突き放すかと思われたが、過去の内容からは想像できないほどの苦戦を強いられた。外側から馬体を重ねてきたアリストテレスとの壮絶なたたき合い。しかし、前に出ることは許さなかった。「何とかしのいでくれ」。福永騎手の思いに応えるように、首差で抑えた。
矢作調教師は「負けないのがすごい。今まで手掛けたことのない、神様からの授かり物」と感嘆。福永騎手も「力んだまま3000メートルを勝った馬を知らない。コントレイルの底力で勝たせてもらった」と感謝した。改修前の京都競馬場で行われた最後のGⅠレースで、史上初となる父子2代での無敗のクラシック三冠制覇という偉業が成し遂げられた。
「世紀の一戦」で初黒星
コントレイル、デアリングタクト、アーモンドアイ。史上初めて三冠馬3頭が激突した20年のジャパンカップ(JC)は、「世紀の一戦」として競馬ファンの注目を集めた。
コントレイルは菊花賞の激戦から中4週での参戦。過去に菊花賞を制した馬が、同じ年のJCにも勝った例はない。年内休養の選択肢もあったが、引退を表明していたアーモンドアイに挑めるのは最初で最後。「競馬を盛り上げたい」。矢作調教師は馬の回復を確認した上で、挑戦を決断した。
レースのハイライトは残り200メートル付近から。アーモンドアイが先頭に立つと、コントレイルとデアリングタクトが猛追。コントレイルはアーモンドアイから0秒2差の2着に敗れたが、最後の600メートルを出走馬最速で駆けた。
デビュー8戦目で初黒星。矢作調教師は「リベンジできないのがすごく悔しい」と無念さをにじませたが、「これで肩の荷が下りた。負けていないというプレッシャーはなくなったので、次はじっくりやりたい」と本音も。歴史的名牝との対決を糧に、翌年の飛躍が期待された。
重馬場苦戦、3歳馬に惜敗
陣営は21年の目標に、父のGⅠ7勝超えを掲げた。年明け初戦は4月の大阪杯(GⅠ、阪神・芝2000メートル)。福永騎手は「今年走る全てのレースは負けずいきたい」と意気込んでいたが、思惑通りにはいかなかった。
コントレイルにとって初めて経験する重馬場。最後の直線では本来の伸びを欠き、3着を死守するのが精いっぱいだった。「ついていない。雨の降り出しが2、3時間遅ければ。全てはそれに尽きる」と矢作調教師。タフな馬場によるダメージは大きく、6月の宝塚記念(GⅠ、阪神・芝2200メートル)を回避することになった。
放牧を挟み、必勝を期して臨んだ10月の天皇賞・秋(GⅠ、東京・芝2000メートル)。わずかなスタートの出遅れが響き、3歳馬エフフォーリアの後塵(こうじん)を拝した。昨年のJCから3連敗。こうなると周囲の雑音も聞こえてくるが、矢作調教師は前だけを見据えた。「泣いても笑っても次が最後のレース。もう負けられない」
名誉守ったラストラン
引退レース前の記者会見。福永騎手は強い覚悟を示した。「無敗の三冠馬の名誉を守りたい」。主戦騎手を務めて2年以上。集大成の舞台へ、自らを奮い立たせた。
課題のスタートを決めて中団を追走。他の有力馬が向正面で一気に動いても惑わされずに最後の直線を迎えると、父を思い起こさせる末脚を発揮。最後の600メートルを唯一の33秒台で駆け抜けた。
ウイニングランの最中から、福永騎手は感極まって勝負服の袖で涙を拭った。「いろいろとこみ上げるものがあった。本当に立派な走りをしてくれた」。前年のダービーで馬上から無観客のスタンドに一礼したが、この日は詰めかけた約1万人のファンに頭を下げて祝福された。
陣営もこのレースのために全力を注いだ。前走から馬体重を8キロ絞って出走させ、矢作調教師は「究極の仕上げ。いろいろ言われていたので、強さを見せられて安心した」と胸をなで下ろした。福永騎手は「馬自身が素晴らしい走りでラストランを飾ってくれた。この馬は本当に強い」。感慨深げに、名馬をたたえた。
「子どもで凱旋門賞を」
レース後の夕暮れに行われた引退式。コントレイルはスポットライトに照らされてパドックに姿を現した。ダービーで付けた5番のゼッケンをまとい、背には矢作調教師。最後の晴れ舞台で、ゆっくりと歩みを進めた。
陣営にとっては、かけがえのない日々だったのだろう。「プレッシャーとの闘いだったが、本当に楽しい時間を過ごせた」と矢作調教師。福永騎手も「夢のような時間だった。ホースマンとして得がたい経験をさせてもらった」と感謝の言葉を口にした。
父ディープインパクトの「最高傑作」と称されるコントレイル。その血を受け継ぐ子どもは、順調なら2025年にターフに姿を見せる。「コントレイルの子どもで凱旋(がいせん)門賞を取りにいきたい」。矢作調教師は、言葉に力を込める。夢の続きは、次代に託された。
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コントレイル 牡4歳。父ディープインパクト、母ロードクロサイトの血統。生産牧場は北海道新冠町のノースヒルズ。馬主は前田晋二さん。戦績は11戦8勝で、このうち重賞7勝、GⅠは5勝した。獲得賞金は11億9529万4000円。日本中央競馬会(JRA)栗東トレーニングセンター(滋賀県栗東市)の矢作芳人厩舎に所属。
(2021年12月9日掲載)