「可能性を見てみたい」
ルース、大谷に続く「第3の男」は現れるのか―。2021年の米大リーグではエンゼルスの大谷翔平選手(27)が投打にわたる活躍を見せ、打者で46本塁打、投手でも9勝。ア・リーグ最優秀選手(MVP)に輝いた。1918、19年に投手で試合に出場しながら本塁打王になったベーブ・ルース(当時レッドソックス)以来、100年もの間登場していなかった本格的な二刀流を実現させた。その成功例は今後、後進に新たな道を開く形となるのか。10月にはレッドソックスのアレックス・ベルドゥーゴ外野手が投手への挑戦を表明した。ただし、大谷の領域に近づくのは容易ではなさそうだ。(時事通信ロサンゼルス特派員 安岡朋彦)
◇ ◇ ◇
大谷自身は11月に東京で開かれた記者会見で、後に続きそうな二刀流を歓迎した。「個人的にはすごくうれしいこと。受け入れてくれる環境があるだけでもうれしい。メジャーリーグを見ていると、能力の高い選手はたくさんいる。投げてもすごいんだろうな、打ってもすごいんだろうなっていう選手はたくさんいる。そういう人の可能性を見てみたい」
ベルドゥーゴは2021年に146試合に出場し、打率2割8分9厘、13本塁打。レッドソックスの3シーズンぶりとなるプレーオフ進出に貢献した。左投げで、高校時代は投手としてもプレーし、97マイル(約156キロ)を計測したこともあるという。今オフに練習を始め、遅くとも23年までに救援投手でのデビューを果たすプランを描いている。
大リーグでは21年のシーズン中、大谷が打って投げてとフル回転。その間、選手やOBらが新たな二刀流選手が現れる可能性について言及していた。
日本球界にはかつて、打席に立てば野手顔負けの打力を披露したエースたちがいた。400勝左腕の金田正一が通算38本塁打を放ち、堀内恒夫も203勝で21本塁打。プロ9年で13本塁打の江川卓、桑田真澄、三浦大輔…。現役ではベテラン石川雅規(ヤクルト)、今永昇太(DeNA)らが「打」でも十分な数字を示している。
打力のあるマエケン「簡単とは思わない」
そのうちの一人で、現ツインズの前田健太投手は今年7月、こう話していた。「翔平が成功することによって、今後そういう(二刀流の)選手も増えてくると思う。(プロに)入る時にどちらかを選べという育成方針だったが、今後は両方という球団も出てくると思う。それは素晴らしいこと」
前田は大阪・PL学園高時代、エースで中軸打者だった。プロ入りの際には野手として獲得を目指した球団もあったと言われている。日本ではセ・リーグの広島、大リーグに移籍してからも当初の4シーズンは指名打者(DH)制のないナ・リーグのドジャースに所属し、日米通算で3本塁打。バントもうまく、他の投手とは一線を画す。
謙遜もあるのだろうが、その前田でさえ、野手でプレーしていたら「(日本の)2軍で終わっていたと思う」というのが自己評価だ。二刀流への挑戦者が増えることに前向きな意見を述べると同時に、「簡単にできることではない。全員が全員、成功するとは限らないと思う」とも語っている。
アンキールさん「両立はとてつもない」
同一シーズンという条件を付けなければ、ルースと大谷以外にも投打で実績を残した選手はいる。1999年にカージナルスでデビューし、2013年を最後に現役を引退したリック・アンキールさんだ。それぞれ異なるシーズンで、投手として11勝、打者では25本塁打。投手でも打者でも、大リーグで戦う難しさを知る。今年8月、時事通信のインタビューに応じ「両立はとてつもないこと」。言葉に実感を込めていた。
アンキールさんは20歳でメジャー初登板を果たし、翌00年には11勝を挙げた。将来を嘱望されていた左腕は、同年のプレーオフ地区シリーズ第1戦の先発に抜てきされたものの、三回の1イニングだけで5暴投の大乱調。そこから、精神面が原因で思うように制球できなくなる「イップス」に悩まされ、01~04年はわずか登板12試合での2勝にとどまった。
いったんは表舞台から姿を消したアンキールさん。しかし、00年に2本塁打を放った打力を生かし、マイナーで外野手としてプレーを始めた。そして07年8月にメジャー再デビュー。同年は11本塁打、08年には自己最多の25本塁打を放った。
成功の前には障壁も
アンキールさんは、かねて投打の二刀流は可能と考えていたそうで、「できる選手はいると思う」。ただ、大谷のレベルは別格とみており、「翔平のように打者として打撃のタイトルを取る力があり、投手でサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)も取れる選手が、他にいるかどうかは分からない。彼の才能は飛び抜けているから」と強調した。たとえ投打にわたり十分な才能のある選手がいたとしても、自らの経験から二刀流の成功に直結するわけではないと考えている。
「私自身も投打でプレーすることはできたと思う。でも私の場合は、打者よりも投手の才能の方が勝っていた。投手でメジャーに上がる準備ができていた中で、球団が私をもう3年マイナーに置いて打者での成長を待つことはしなかっただろうし、私もそんなことは望まないと思う」
つまり、先に投手としてメジャーのレベルに達し、大リーグに昇格してしまえば、マイナーのように結果を度外視して打席に立たせてもらうことはできなくなり、打者としての成長を諦めざるを得なくなる。そこが障壁とも言える。日本球界でのプレーを経て、18年の大リーグデビュー時から既に投手、打者の両方でメジャーの一線級レベルだった大谷は、やはり特別な存在なのだろう。
類いまれな「ユニコーン」
エンゼルスの主力打者、ジャレド・ウォルシュ内野手は今年4月、大谷について「ユニコーン(角がある幻の獣)としか言いようがない」と語り、類いまれな存在だと強調していた。ウォルシュはマイナー時代から二刀流に挑戦。3Aの公式戦では一塁守備から救援のマウンドに上がり、セーブを挙げたこともあった。19年5月15日に打者で大リーグデビューを果たすと、同23日には大差のついた展開でマウンドに立ち、1回を2安打1失点。同年は5試合に登板した。
そのウォルシュも20年以降は登板ゼロ。もともと野手に主眼を置いていたとはいえ、二刀流の負担はやはり大きかったのか。打者に専念してから頭角を現し、今季はチームメートの大谷とともに初めてオールスター戦に出場した。
エンゼルスのジョー・マドン監督は、指名打者(DH)制を使わずに、投手の大谷を打順に組み込む「リアル二刀流」を実現させ、登板日前後の休養日を撤廃。大谷の才能を開花させた。今季の最終戦終了後、こんな言葉を口にした。「途方もなく、素晴らしい一年だった。もしこの実績をそっくり再現できる選手がいるとすれば、彼しかいないだろう」
野球をよく知る名将のマドン監督だけに、大谷についてのコメントはいつも的確だ。大谷に比肩するような存在は、そう簡単には現れそうにない。
(2021年12月27日掲載)