旧ソ連時代、ウクライナはヨーロッパ諸国との境界地帯に広がる肥沃な土地と天候に恵まれ、「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれた。1986年に世界を震撼させたチェルノブイリ原発があるが、ウクライナは「東スラブの伝統の源」とも称される歴史を誇る。歴史や文化を肌で感じられる首都キエフ、黒海に面した国際都市オデッサを訪ねた。
現在のウクライナとベラルーシ、ロシアにまたがる大国、キエフ大公国(キエフ・ルーシ)は10世紀に栄えた。中心都市は、ウクライナの首都となっているキエフ。13世紀にモンゴルの支配を受けて急速に衰え、その後、キエフ大公国の中からロシアが勢いを増して歴史を動かしていくのだが、東スラブ文化はキエフで生まれたと考える人が多いという。
キエフのボリスピリ国際空港に到着すると、さっそく若い女性2人から伝統的なスラブ式の歓迎を受けた。
中央のくぼみに塩を入れた大型の丸いパンが差し出され、旅行者はパンをひとちぎりして塩をつけて食べる。客人の健康を祈るという意味だそうだ。ウクライナ美人のサプライズなおもてなしに大感激した。
まずは腹ごしらえと、レストランに向かった。出されたのは、日本ではロシア料理の定番として有名な「ボルシチ」。このボルシチの本家本元は、ウクライナだという。根拠は不明だが、どこで食べてもウクライナ人は、そう説明する。
野菜が豊富に入っており、ビーツで鮮やかな赤色に染まったスープは、香辛料やニンニクで身体が温まる。水餃子のような「ヴァレーヌィク」もウクライナとロシアに共通する料理だ。
キエフ大公国が華やかなりしころに食文化が育ち、スラブ民族全体に広がったとしても不思議ではない。また、ウクライナではどこでも時間をかけて温かい朝食を出してくれる。その優雅さもキエフ大公国時代のなごりかもしれないと感じた。
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