2022年07月12日18時00分
大相撲の不祥事はなぜ繰り返されるのか。これでも「厳選」だが、昭和・平成の事件や騒動をたどると、あちこちに「既視感」を覚える。狭い世界にいてまひした感覚。事を甘く見て遅れる対応。監督官庁などの外圧に弱い体質。いざとなるとバタバタと急いで収束を図る-。
元横綱日馬富士による傷害事件を受けて開かれた2017年12月20日の日本相撲協会臨時理事会後、八角理事長(元横綱北勝海)ら協会幹部は過去の不祥事を「風化させない」と語り、改めて再発防止を誓ったが、その後も貴乃花親方の退職、コロナ禍の大関朝乃山キャバクラ通いなど騒動は尽きない。(時事ドットコム編集部)(肩書、年齢などは当時)
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◆元顧問の「裏金」訴訟決着と残った汚点(2022年)
2022年6月8日、日本相撲協会が元顧問の小林慶彦氏と同氏が代表取締役を務めるコンサルティング会社を相手取って起こした損害賠償請求訴訟の判決が東京地裁であり、元顧問側に約9800万円の支払いを命じる判決が下った。双方が控訴せず判決は確定。前代未聞の「裏金問題」は一つの決着を見た。
相撲協会が提訴したのは17年12月。(1)元顧問が立場を利用して国技館改修工事、木戸(入場口)サイネージシステム工事、国技館内での飲食物販売、パチンコメーカーとの力士名など使用許諾契約仲介、本場所取組映像配信に関してそれぞれの取引業者から斡旋手数料などの名目で私的に金銭を受け取ったほか、電気工事に特定の業者が選ばれるよう協会の選定過程に不当に介入した(2)パチンコメーカーとの使用許諾契約に際し、元顧問が仲介業者に対して金銭を要求し、その一部を受け取る場面を隠し撮りされた動画がインターネット上に流れ、週刊誌などでも報じられて協会の信用が損なわれたーなどとして原告側に総額約5億1700万円の損害賠償を求めていた。
判決は、一部の工事を除いて元顧問の不当な金銭受領や協会に与えた損害などを認定。協会は「金額の問題ではない。主張がほぼ認められた」(代理人)として控訴せず、被告側も控訴しなかった。
元顧問は02年2月に就任した北の湖理事長に近づき、相撲協会へ入り込んだ。北の湖理事長が飲食店の女性とトラブルを起こした際、兵庫県警の元警察官だと名乗って後始末を買って出たことがきっかけだという。「台湾出身だと言って台湾巡業(06年)やモンゴル巡業(08年)の勧進元になった」(元職員)ともいわれ、多くの親方や職員は素性をよく知らされていなかった。
08年に力士の大麻事件で辞任した北の湖親方は12年、理事長に復帰すると、小林氏を危機管理担当顧問に据え、同氏の会社と危機管理業務委託契約を結ぶ。それから小林氏は理事長の力を背景に、「危機管理」の名目で金が絡む協会業務に次々と口を出すようになったという。
特定の職員を手足として操り、言うなりにならない主事の悪口を理事長に吹き込んで更迭させるなど、勝手な振る舞いと不正をエスカレートさせていく。
その北の湖理事長が15年11月に病死。後任の八角理事長(元横綱北勝海)は以前から小林氏に不信感を抱いており、取り入ることができていなかった同氏は、途端に姿を見せなくなった。このため16年1月、協会は委託した業務を履行していないとして契約を解除。「絶縁」を通告した。
小林氏は、北の湖理事長死去の直前に業務委託でなく正式な職員として採用されていたと主張し、同年2月に地位確認訴訟を起こしたが、協会は同氏が重ねてきた不正の徹底調査に着手。膨大な労力と時間をかけて「負の遺産」清算を図ったのが、このほど判決が確定した訴訟だった。地位確認訴訟も19年3月に協会側の勝訴が確定している。
相撲協会は良くも悪くも長年、元力士の親方衆と行司ら裏方さん、ほとんど縁故採用の職員で運営してきた。時代とともに外部理事の選任やイベント会社などへの業務委託も必要になってきたとはいえ、特定の人物にやすやすと入り込まれ、これほどの不正を許したことは、大相撲史に例を見ない汚点となった。
「貴の乱」の影にも
しかも、元顧問は貴乃花親方を北の湖理事長の後継者と見て取り入り、親密な関係を築いていた。貴乃花親方が一部の外部理事とともに元顧問を擁護し、八角理事長らとの対立が深まっていた時に起きたのが、17年の横綱日馬富士による貴ノ岩に対する暴力事件であり、翌年の貴乃花親方退職まで続く大騒動に発展していった。
騒動の間、大半のメディアと世論は貴乃花親方を支持し、協会批判を繰り返したが、世論とは裏腹に事態が貴乃花親方の孤立、退職へ動いたのは、貴乃花部屋で暴力事案が起きて主張に説得力がなくなっただけでなく、背後にあるものがようやく透けて見え始めたからだろう。八角執行部にとって、この闘いは北の湖体制の清算の一環だった。
一連の裁判では、元顧問と特定の親方や外部理事との関係、金の行方までは明らかにならなかったが、八角理事長就任から6年余。多大なエネルギーを要した清算は一つの区切りを迎えた。
ただ、勝訴した相撲協会にも教訓が残った。裁判では、元顧問を不審に思う親方たちがなぜ不正を防げなかったのか問われる場面があり、八角理事長や事業部長の尾車親方(元大関事風)は北の湖理事長の力を恐れ、公然と批判できなかった組織の内情を明かしている。この点が裁判所の判断に幾らか影響を及ぼすのではないか、と懸念する親方もいた。
判決では特に言及されなかったが、番付社会らしい組織のありようが、これまで元力士による運営を支えてきた半面、今回の汚点を大きくした反省は、今後の協会運営に生かされなければならない。
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