パラリンピックの取材で学んだことはたくさんあり、それまで意識しなかったことを考えるきっかけにもなった。彼らの世界には「失ったものを数えるより、残ったものを最大限に生かそう」という合言葉があることを教わり、「障害はその人の個性の一つだと考えてはどうでしょう」と関係者が話した言葉も印象に残っている。
自分は健常者だと思っていても、いずれは目も耳も衰えていく。腰痛が年々つらくなったり、花粉が飛ぶ季節には相も変わらず集中できなかったりと、誰にでもまさに個性のごとく弱点はある。体質によっては食べられないものもあるだろう。ずっと「健康」でいられる保証はどこにもなく、思わぬ事故に遭う可能性も否定できない。ある日突然、世界が自分にとって生活しにくいものに変わってしまう可能性は誰もが等しく抱えている。障害者の便利を考えるということは、誰もが安心して暮らせる社会をつくることにほかならない。
最近、「感動ポルノ」という言葉が注目された。これは障害を持つオーストラリア人の女性ジャーナリストでコメディアンでもあった故ステラ・ヤングさんが使った表現(inspiration porn)で、障害者の姿を報道やドラマで過度に感動的に描くことへの批判を込めたものだという。ヤングさんの分析によると、「感動ポルノ」は「あんなに苦労している人がいるのだから、自分の人生はましだ」という屈折した満足感を人々に与える。この構図の中では、障害者は健常者を感動させ、励ますためのモノとして扱われており、健常者がそれを高い目線で見下ろしているという指摘である。
ヤングさんは骨形成不全症という障害を持ちながらも、残された身体的機能を使いこなして普通に生活している実感があった。それなのに特別視され、人を感動させるための道具として利用される違和感。彼女は障害が特別なものではなく、普通のことと思われる社会になることを願いながら、2014年に32歳で亡くなった。
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