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コラム:タカハシという一等星 (2014/11/19)
 スポーツ千夜一夜

 フィギュアスケートのグランプリシリーズ、中国杯(11月、上海)で、羽生結弦選手がけがを押して強行出場したことが議論を呼んだ。フリー演技の直前練習で滑走中に他の選手と激しく衝突して転倒。頭とあごを切り、太ももや足首も痛めた。後日の検査で脳に異常が見つからなかったのは不幸中の幸いだが、もしも脳がダメージを受けていたとしたら、競技を続けたことで大変な事態を招いた可能性もある。

 今季は初戦となる予定だった10月のフィンランディア杯を腰痛のため欠場。ソチ五輪と世界選手権の金メダリストとして、上海では雄姿を見せなければという責任感があったのだろう。ショートプログラムで2位にとどまっていただけに、何としてもフリーで本来の軌道に乗りたいという焦燥感もあったかもしれない。

 何度も転倒しながら滑り切った闘志には拍手を送りたいが、やはり焦らず慎重な対応を取るべきケースだったと思う。けがをしても格闘技のような対人競技なら、痛みに耐えて目の前の戦いを乗り切ればそれですむ。しかし今回は頭も打っていた。100分の何秒というタイミングのずれや、小さなバランスの乱れに戦いは左右される。あちこち痛めた精密機械が正常に作動するはずはない。さらに採点競技は可能な限り、出場者が一定の条件下で競うことが望ましい。痛々しく包帯を巻いた選手の演技が、公平かつ適正に採点されるのかという素朴な疑問も湧いてくる。他の競技者にも少なからず動揺を与えたはずである。

 もう一つ言えば、この競技は芸術性や優雅さを競うものでもあるから、選手は最後まで涼やかなたたずまいを保つことも必要なのではないか。シンクロナイズドスイミングの選手が酸欠にあえぎながらも笑みを絶やさないのと同じで、「フィギュアスケート道」なるものがあれば、最終的にはその一点が問われるように思う。

 羽生選手がけがをした直後、ブライアン・オーサー・コーチは「今はヒーローになる時ではない。自分の体を心配すべきだ」と言って滑走をやめさせようとした。大会がクライマックスを迎える直前の事故。痛んだ肉体のケアはもちろんのこと、氷上に鮮血が散ったショッキングな空気を残さない配慮もやはり必要だった。

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