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コラム:スポーツの焦点距離
 スポーツ千夜一夜

バンクーバー五輪のフリー演技の後、厳しい表情で自身の得点を確認する浅田真央。通称「キスアンドクライ」と呼ばれる席で、選手たちは多彩な表情を見せる=2010年2月25日、カナダ・バンクーバー【時事通信社】

 スポーツとテレビ中継はいまや切っても切れない関係にあるが、競技ごとに両者の「心地よい距離」が存在するように思う。たとえばフィギュアスケートなら、演技を終えた選手が得点発表を待つおなじみのシーン。実にいい距離感だといつも感心しながら見ている。

 まだ息がはずみ、ティッシュで鼻水を押さえながら落ち着かない選手もいるが、表情からは演技の手ごたえのほどが伝わってくる。選手は固唾をのんで採点を待ち、期待以上の結果が出れば、目を丸くしてコーチと喜び合う。その逆なら、小さく首を振って無念さを振り落とすように席を立つことが多い。

 選手にとっては、泣いたり笑ったりが画面に大写しになるのだから、場合によってはつらい数分間になるはず。それでも低得点で終わった選手が、敗者の美しさを見せてくれることもある。悔しさをのみ込み、テレビカメラに向かって(つまりは視聴者に向かって)ちょっとした笑顔を見せる。そして静かに席を立つ姿など見ると、背筋の伸びた潔さに拍手を送りたくなる。

 この「キスアンドクライ」と呼ばれる席の特色は、競技会場とお茶の間がテレビカメラによって絶妙の距離感で結ばれ、視聴者が選手の感情のひだまで見られることだ。そこからいろんなものを読み取り、想像する楽しさがある。テレビカメラの正面で選手がじっと採点結果を待つようなスポーツは、ほかには見当たらない。

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