巨人戦で好投する阪神の山本和行=1985年6月5日、甲子園【時事通信社】
春三月。野球の季節がやってきた。海の向こう、米大リーグからも球春の便りが届く。松井秀喜、松坂大輔ら、彼の地で実績を積んだ選手に加え、上原浩治(オリオールズ)、川上憲伸(ブレーブス)らも加わった。日本選手は今年も花盛り。「MLB」という敷居も、昔に比べればずいぶん低くなった。
先駆者は、言わずと知れた野茂英雄。1994年オフに近鉄からドジャースに移り、村上雅則(ジャイアンツ)に次ぐ日本人メジャーリーガーになった。いくつもの球団を転々としながら通算123勝。日本選手初のオールスター戦出場、2度のノーヒットノーランも鮮烈な印象を残した。多くの日本選手が彼の活躍に勇気付けられ、われもわれもと新天地を目指した。
パイオニアの称号は、野茂にこそふさわしい。だがその十年前、「鎖国」状態の日本球界から脱出しようともがき、あと一歩で夢破れた男がいたことも忘れてほしくない。阪神で長く活躍した山本和行投手のことだ。米国へ渡る橋は、この男が架けたかもしれない。もしもあの時、阪神球団の首脳が首を縦に振ってさえいれば…。
1984年オフ、契約更改の席で山本は球団に「大リーグに行きたい。挑戦させてください」と申し出た。当時35歳。34セーブポイントを挙げてセ・リーグ最優秀救援投手に輝くなど、野球人生の絶頂期にあった。迷いはみじんもない。自信だけが「あふれるほどあった」と言う。
球団首脳は仰天し、当然のことながら断固拒否の姿勢に出た。ことがあまりに重大だったため、山本に「他言無用」とも申し渡した。険しい顔で球団事務所を出て、一言も語らぬ山本と首脳。報道陣は大事を悟るが、当時は彼らにも「大リーグ挑戦」という発想はない。真相を探ろうと、深夜まで懸命の張り込みが続いた。
後年、山本が振り返る。
「大リーグに行きたかった。本当に行けると思っていたんだ。米国在住のある日本の人がお膳立てをしてくれて、西海岸の球団と話ができていたんだよ。もう若くはなかったから最初で最後のチャンスだと思った。あとは球団に言って身分を自由契約にしてもらうだけ。だけど、それがことのほか難しかった」
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