今期限りで政界を引退する輿石東参院副議長(80)が時事通信のインタビューに応じた。野党時代に参院民主党の国会対応を指揮し、民主党政権で幹事長を務めた輿石氏に、26年間の議員生活を振り返ってもらった。
(インタビューは2016年5月19日に行いました)
-初当選は1990年の衆院選。
そうそう。そこから26年。
-議員生活は長かった?
長いと言えば長いし、短いと言えば短い。(旧民主党の)岡田克也代表からも、山梨の人たちからも「もう1期やってくれ」と言われたけど、6年前の選挙で「私の政治の集大成だ」と言ったので断った。
-印象に残っている出来事は。
それはやっぱり2009年の政権交代だね。当時の民主党は「トロイカ」体制と呼ばれた。鳩山(由紀夫)さん、菅(直人)さん、小沢(一郎)さんの3人が党を背負っていた。そこへ私が入って「トロイカ・プラス・ワン」と呼ばれた。そんな時代があった。それが今はどうなっているか。鳩山さんは党を離れ、小沢さんも離れ、菅さんはいるけど…。だけど、この3人がいなかったら民主党政権はなかった。
-野田政権では民主党幹事長も務めた。
それも思い出に残っている。野田佳彦首相から幹事長をやってくれと頼まれた。参院議員が政権党の幹事長をやった例はなかった。最初で最後かもしれないね。
-民主党政権は3年3カ月で終わった。
(09年衆院選で)あまりに大風呂敷を広げ過ぎた。高速道路無料化や農家の戸別所得補償などを掲げたが(実現するだけの)お金がなかった。政策だけを訴えても財源がなければその通りにならない。そこは少し甘かった。国民からは「できもしないことを言った」と思われた。
10年参院選を前に、参院議員総会で「鳩山首相の下では戦えない」という声が上がった。私は「ちょっと待て。ここは自分に預けてくれ」と言って、その晩に(幹事長だった)小沢さんを交えて鳩山さんと話し合った。最初に部屋を出た小沢さんが仏頂面。私も渋い顔をして部屋を出た。最後に出てきた鳩山さんがにこっと笑って、こう(親指を上げるジェスチャーを)したから、「私は辞めませんよ」というサインだとみんな思って、新聞各紙も「鳩山首相続投」と書いた。ところが一夜明けたら辞任。びっくりしただろう。
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