◇後進残し逝った重 1996年アトランタ
セーリングで日本勢初のメダルに輝いたのが、1996年アトランタ五輪の女子470級だった。重由美子、木下アリーシア組の銀。表彰台に立つ日本勢が少なかった大会で、一躍脚光を浴びた身長150センチのヒロイン、重は2018年12月、病気でこの世を去った。53歳の若さだった。
小学生の時から佐賀で技術を培った重が、経験の浅かった175センチの木下さんをスカウトしてペア結成。初めて出場した92年バルセロナ五輪で5位と健闘した。しかし表彰台を逃した悔しさは大きく、重は「メダルという化け物を追って自分を見失った。自然と向き合い、風を追わなくてはならない」と猛省。日々変化する風や波を読む感覚を養うため、積極的に海外に遠征した。
雪辱戦となったアトランタ。五輪のメイン会場から遠く離れたジョージア州サバナで11レースの長丁場に耐え、時に嵐に遭いながらかじを切り続けた。「私が反発すればしっぺ返しがあったが、自分から合わせれば自然は優しく迎えてくれた」。歯切れよく振り返った。
8位だった00年シドニー大会を最後に五輪から離れ、地元唐津で後進の育成に当たった。熱心な指導は、師事した松山和興コーチの影響が大きい。負けず嫌いで上達に貪欲な姿勢が、メダルにつながった自負もあった。男子470級で東京五輪代表を決めた岡田奎樹(トヨタ自動車東日本)は重の教え子だ。
アトランタ五輪に出場した日本セーリング連盟五輪強化委員会の斎藤愛子さんは「やるべきことを一つ一つやって、とても落ち着いて自然に取れた銀メダルだった」と快挙を回想する。来夏に延期された東京五輪の女子470級代表、吉田愛、吉岡美帆組(ベネッセ)はメダル有力候補。39歳の吉田が10歳下の吉岡を引っ張る姿は、どこか重にだぶる。江の島で行われるレースを、天から先輩が見守っている。(2020.5.16)
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