仙台市在住の作家佐伯一麦さんが、旅にまつわる随想を編んだ「麦の冒険」(荒蝦夷、税別1500円)を出版した。2012年10月6日に同市内で開かれたトークイベントでは、旅がもたらすもの、小説と旅の関わりなどについて、被災地で暮らす作家としての感慨も交えて語った。(仙台支社長・高林睦宏)
同書には1990年代以降、雑誌などに発表した紀行文やエッセー30編を収録。訪中作家団としての初の海外旅行、妻の留学に伴うノルウェー滞在、芭蕉の「おくのほそ道」に寄り添った身辺雑記、幼い頃から親しんだ広瀬川べりの思いで…など。
「日常」をベースに物語を紡ぐ私小説作家らしく、佐伯さんは旅にあってもそれを大事にする。「今ある『日常』をしっかりつかむには旅先の方がいいことがある。旅先でどれだけ『日常』的なものを見出すか。そうじゃないと、ただ新しいものの見聞になってしまう」。だから、旅先でもいつも通り散歩する。写真はほとんど撮らず、記録が必要なら絵葉書を求めるという。
例えば、野間文芸賞を受けた「ノルゲ」。ノルウェー滞在の1年を自然と季節の移ろいに淡く響かせながら綴った代表作の一つだ。6年かけて作品に結晶した。佐伯さんは「さまざまな記憶は、時間の経過で遠近感や濃淡が生まれる。そういうものの組み合わせで、小説は成り立っている」と、改めて旅と「日常」との関係を語る。
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