しかし、「そんなシンプルライフ的な旅も素晴らしいではないか」などと言っていられるのは、ほんの数分間だけだ。午前10時半には帰りのバスが来る。のんびり鳥のさえずりを聞いていては、あっという間に帰りの時間になってしまう。昆虫記者には「ドゥー・ノッシング」のぜいたくな休暇などあり得ないのだ。「自然以外何もない」という言い方は、昆虫記者にとって非常に違和感がある。自然がいっぱいあれば、虫がいっぱいいるので、やるべきことが山ほどあるのだ。
ここは山荘だ。窓を開ければ、玄関を出れば、そこには山ほど虫がいるというのに、のんびりなどしていられるか。ばかを言うのではない。アメリカ人は勝手に、何もしないぜいたくな休暇を過ごせばいいのである。日本人には日本的な、大忙しの、せこせこした休暇が似合っている。
きっとアメリカの自然には、虫が少ないに違いない。だから何もしないぜいたくなどというものが存在するのだ。ここは台湾の山中。虫たちが昆虫記者を呼んでいる。
空の青に山々の緑が映える。「どんなもんだ。これぞ昆虫記者の晴れパワー」。そして、緑の草むらの中に、大型の白い虫を見つけた。オオキンカメムシだ。日本のオオキンカメムシはオレンジ色の地に大きな黒い斑紋がある。しかし、台湾のオオキンカメムシの多くは、真っ白な地に小さな黒い斑紋だ。事前にネットで調べていたからすぐに分かった。八仙には餌になるアブラギリの林があるというので、オオキンカメムシがいるかもしれないと、あらかじめ想定していた。見事予想的中だ。
なぜか子供の頃に大好きだったアニメ「マッハGoGoGo」の主題歌を歌い始める昆虫記者。自分でも最初はなぜ歌っているのか分からなかった。無意識の行動というのは恐ろしいものだ。そして、歌いながら気付いた。そうだ、この白いオオキンカメムシは主人公の豪君が乗っていたスポーツカー「マッハ号」なのだ。
「風も震えるヘアピンカーブ、怖いものかとゴー、ゴー・ゴー」に続く歌詞が重要だ。「ホワイトボディー、マッハ号、負けじ魂親譲り」。そうなのだ。このホワイトボディーこそが、真っ白なオオキンカメムシのボディーを象徴していたのだ。大の大人が「ゴー・ゴー・ゴー」と歌い出すのだから、無意識とは恥ずかしいものでもある。
昔、プラモデルでマッハ号を作ったことを思い出す。あの特殊機能満載のスタイリッシュなマッハ号と比べると、オオキンカメムシはちょっと太めで丸みの目立つボディーではあるが、精悍(せいかん)さはマッハ号に負けず劣らずだ。どことなくポルシェのような気品がある。
清楚な白さにだまされて、ついつまみ上げてしまった。腹側を見てみようと思ったのだ。腹側のしま模様もまた美しいが、お決まりの悪臭。キンカメムシの仲間の悪臭は、鼻がひん曲がるほど強いものではないが、それでも相当に臭い。ホワイトボディーは清楚でも、カメムシはやはりカメムシである。
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