小さなカメムシやアリ擬態のカマキリ幼虫などを撮った後、部屋の鍵をもらって、バンガロー風の宿泊棟に向かう。フロントとレストランのある建物から、結構距離がある。しかも上り坂だ。
フーフー言いながら上って、途中で転落防止の防護壁に寄りかかって休む。防護壁の上の緑のコケが美しい。しかし、その鮮やかな緑の中で、灰色と黒のまだら模様の物体がとぐろを巻いていた。三角形の頭がこちらを振り向くので、慌てて防護壁から飛びのく。「ハ、ハ、ハブだ」。ハブには熱を感じ取るピット器官というものが備わっていて、近くに熱を発する獲物がいるのを感知すると、飛びかかるのだ。コケの上に置かれた昆虫記者の手とハブとの距離は、飛びかかるのにちょうどいいあんばいだった。
日本でマムシを見たことは何度もあるが、ハブを見たのはこれが初めてだった。恐らくタイワンハブと呼ばれている種類だろう。不用意に踏みつけたりしない限り、マムシは向こうから襲ってくることはないが、ハブはもっと攻撃的だという。昆虫記者のオーラが毒蛇まで引き付けてしまうのだろうが、できれば寄ってこないでほしい。
燃え上がっていた虫撮りの意欲が、一気に冷却される。部屋に入ってから、荷物を広げ、雨の日のために用意していた長靴を取り出し、ハイキング用ブーツから履き替える。とりあえず長靴で足を防御だ。
きれいな虫を見つけても、近づいて写真を撮るために、雑草の生い茂る中にむやみに踏み込むことはできない。どこにハブが隠れているか分からないのだ。八仙に乗り込んだ瞬間の突撃姿勢は、慎重路線へと大幅な修正を強いられた。
「ハブごときに恐れをなしてどうする。昆虫記者は命知らずの冒険野郎ではなかったのか」という激励の声にも配慮しなければならないが、やはり命は惜しい。命あっての虫撮りである。
長靴の音をカポカポと響かせながら、慎重に虫探しを再開する。だが、新顔の虫を見つけると、すぐにそんな慎重姿勢は吹き飛んでしまう。まずは、イチジク系の木に、赤・黄・茶のカラフルな横じま模様のイモムシを発見した。大きいのを何匹も見つけた後で、小さいイモムシが数十から100匹単位で集まっている場所を見つけた。これはすごい。気味悪さを通り越して、芸術の域に達している。
いつの間にか草むらに平気で踏み込んでいる。ハブの恐怖は、記憶のかなたに消え去っている。こんなことをしていると、いつの日かハブを踏みつけて非業の死を迎えるのかもしれないが、それもまた昆虫記者の運命と諦めるしかない。
カラフルなイモムシ集団の正体は、後で調べて、ホシヒトリモドキという蛾(ガ)の幼虫と判明した。成虫もなかなかに美しい蛾だ。
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