10月1日朝の谷関温泉は、前日に台北を襲った台風の余波でまだ霧雨が降っているが、空は少しずつ明るくなっている。今日は近くの八仙山森林遊楽区に向かう。「晴れ男の昆虫記者が到着すればきっと素晴らしい虫日和になるだろう」と、この時は思っていた。あんな血の凍るような恐ろしい生物に遭遇するとは、夢にも思っていなかったのだ。(時事通信社 天野和利)
遅い朝食を取って、バスの時間を待つ。八仙山の山荘に1泊だけ予約を入れている。バスでわずか15分の距離なので、荷物がなければ、歩いて行くことも可能だ。バスは午前10時20分発と、午後2時45分発の2本だけ。谷関に泊まったまま、午前の便で八仙に行って、午後の便で帰って来ることもできる。でもそれでは、山の虫撮りを十分堪能できない。
実は前日の夕方に、八仙山林道の入り口まで歩いて行って、湧き水の多さと、あふれた水に集まる蝶(チョウ)の多さに驚嘆したのだった。その段階で八仙への期待は大きく膨らんでいた。
山の斜面のあちこちから湧き水が噴き出しており、ミネラルウオーター飲み放題、持ち帰り放題の環境だった。自宅用に水をくんでいる人もいたが、ポリ容器に詰めた湧き水をトラックに満載している商売人もいた。谷関のホテルで毎朝2本ずつ提供されていた飲料水のボトルの中身も、間違いなくこの水だ。
モンキアゲハ、ナガサキアゲハに混じって、後ろ羽の半分ぐらいが赤い見慣れぬアゲハが3、4匹。ネットで調べてみると、日本語名は「ワタナベアゲハ」というらしい。台湾では「台湾鳳蝶(タイワンアゲハ)」と呼ばれているから、これこそ台湾を代表するアゲハと言っていいだろう。台湾の固有種である。このミネラルウオーターの大ファンのようだ。
カワトンボもたくさん飛んでいた。羽が青いのと、茶色いのと、透明なのがいて、眼を楽しませてくれる。たぶん青いのはタイワンハグロトンボの雄で、茶色いのは雌だろう。透明な羽の先だけが黒いのは、シロオビカワトンボの雄と思われる。
クワズイモの葉の上には、南国柄の大型のアワフキの仲間がいた。台湾では「紅紋アワフキ」と呼ばれている普通種らしいが、これだけ大きいアワフキなら、幼虫が吹き出す泡も盛大だろう。アワフキの仲間の幼虫を包んでいる唾液のような泡が草木の茎に付いているのは、誰でも見たことがあるはずだが、それが虫の仕業だとは思わずに「こんな所に唾を吐く不届き者は誰だ」と憤慨する人も多い。
八仙山林道の入り口だけで、これだけ収穫があったのだから、山の上はどんな昆虫天国なのだろうか。期待に胸を膨らませているところに、バスがやって来た。午前10時35分に八仙山荘前のバス停着。チェックインは午後3時なので、それまでは、小雨が降る中で虫探しだ。そこでまた、念力である。「何が何でも晴れにしてやる。台風になど負けるものか。気合だ、気合だ」。すると12時に雨がやんだ。1時には晴れ間が出てきた。またしても晴れ男パワーの勝利だ。
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