深夜のマンションの一室。家族は皆、寝静まっている。次々に引き出しを開けて、何かを探す男。この怪しい男の正体は昆虫記者である。ごそごそしている場所は自宅の居間。目当ての物は、かつての家族旅行の際に使い残したはずの台湾ドルだ。あちこちの引き出しをこっそり開けていくと、マジックで「台湾」と大書された封筒が見つかった。これこそ探していた物だ。なぜか心臓が高鳴り、息が荒くなる。(時事通信社 天野和利)
封筒はかなりの厚みがある。中身を引っ張り出してみると、お札の上で孫文がほほ笑んでいる。数えてみると、1万台湾ドルもあるではないか。暗がりの中で札束を眺め、不気味な笑みを浮かべる昆虫記者。巨額の隠匿資産を見つけた国税局査察部職員、「マルサの男」のような気分だ。ただし、その資産は国庫ではなく、昆虫記者のポケットに入る。
これが米ドルなら100万円の大金だが、台湾ドルは1ドル=3~4円ぐらいなので、隠し資産は3万~4万円程度にすぎない。それでも昆虫記者にとっては、手が震えるほどの大金である。財布に3万円が入っていることなど、めったにない。もちろん妻には内緒で、ありがたく頂戴する。
この金があれば、いつもの10万円という海外虫旅の予算上限厳守で四苦八苦しなくて済む。次の海外虫旅の目的地は台湾以外にあり得ない。
台湾は近いのが魅力だ。飛行時間は4時間ぐらい。行きは時差が1時間あるので、3時間ほどで着く感覚だ。朝便で出発すれば、昼には着ける。深夜の極秘行動で大金を手にした数日後には、航空券を確保した。行きはバニラエア、帰りはスクートと往復とも格安航空だが、4時間なら狭い座席でも我慢できる。
9月末、成田空港の第3ターミナルで、チェックインカウンタ―に並ぶ昆虫記者。台湾は女子旅の目的地だと改めて気付かされる。5人中4人、いや10人中9人は女性ではないか。バニラエアのチェックイン待ちの列は、華やかでカラフルな女子旅の人々でにぎわっていた。おじさん一人旅は昆虫記者だけだ。もちろん、サファリジャケット姿の者も、頭の中は虫ばかりという者も、他には誰もいない。
それにしても、格安航空の利用客は格安っぽく感じる。一見して高級そうな装いの者はいない。振り返ってわが身を眺めれば、最も安そうな身なりをしていた。そのせいか、第1、第2ターミナルより格安航空専用の第3の方が気分はずっと落ち着く。規模が小さく、混雑も少ない。地方の小空港のような雰囲気だ。出発が30分ほど遅れたのは、格安航空の悲哀か。でも空は青い。台風に遭わなかっただけでも、天に感謝しなければならない。機中で薄い文庫本を読み終わらないうちに、台湾桃園空港に到着した。やはり、台湾は近い。新幹線での国内旅行より楽かもしれない。
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