ある日の夕暮れ時。ラッフルズホテルのロングバーでグラスを傾け、熱帯の夢に酔う昆虫記者。もちろん、グラスの中身は超有名なカクテル「シンガポールスリング」、などという格好いいことを一度はやってみたいものだ。ラッフルズのスイートルームに長期滞在したら、出費はどれほどなのか。そんな大金があったら、牛丼を何杯食べられるのか。そんなことを気にしない人だけが、ここで休暇を過ごすことができるのだ。(時事通信社 天野和利)
昆虫記者は、ラッフルズホテルに泊まったことが一度もない。超高級ホテルは昆虫記者にとって場違いだ。ホームレスが迷い込んだと誤解され、マスターにたたき出される可能性もある。昆虫記者の居るべき場所は、おしゃれなバーではなく、ジャングルなのだ。
ところで、高度に都市化されたシンガポールにジャングルはあるのだろうか。当然の疑問だ。一体誰が、この国に来て、わざわざジャングルを探すのか。「何か勘違いしていませんか」「新宿歌舞伎町で歌舞伎座を探す外国人みたい」などと言われそうだ。
もしかして、ジャングルとは都会のコンクリートジャングルのことか。それとも、タイガーマスクの主題歌にあった「白いマットのジャングル」なのか。虎の毛皮のマントを翻して、昆虫記者が伊達直人のような肉体美でさっそうとリングに登場するのか。そんな光景は、想像するのもおぞましい。
あまり知られていないが、シンガポールの中央部には、かなり立派なジャングルがある。グーグルマップの航空写真でシンガポールを見ると、中央部にぽっかりと大きな緑の空間があるのが分かる。緑の中には湖のようなものが点在している。これが「セントラルキャッチメント」だ。水資源の少ないシンガポールにとって貴重な水源林と貯水池であり、周辺の開発が急激に進む中で、貴重な自然が奇跡的に残されている。
とはいえ、しょせんは小さな島国のシンガポール。本物のトラやゾウ、もっと恐ろしい未確認動物、アンアイデンティファイド・ミステリアス・アニマルズ(UMA)が潜んでいるような、恐怖の果てしないジャングルがあるわけではない。
川らしい川がなく、水資源の乏しいシンガポールには17カ所の貯水池がある。雨水をためる貯水池と、その水源となる森を守ることは、シンガポールにとって死活的に重要なのだ。4つの大きな貯水池を包み込むセントラルキャッチメントの森は、シンガポール国民の貴重な水を確保するためにある。そして、その森があるために、昆虫記者にとって貴重なシンガポールの虫が生存できるのだ。セントラルキャッチメントは、シンガポール最大の自然保護区であり、広さは2000ヘクタールにもなる。
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