タイ西部サイヨーク国立公園のホテルにチェックインした後、昆虫記者は再びホテルのフロントへ戻ってきた。壁に張り付いていたゾウムシと、床に落ちていた瀕死(ひんし)のホタルの写真を撮るためである。ついでに、翌日からのプランを相談する名目で、受付のかわいいお嬢さんと話せるメリットもある。もちろん、それは主たる目的ではない。あくまでも「ついで」である。だから、意味もなく会話を引き延ばしたりはしない。会話が長くなったのは、プランが複雑だからであって、意味もない会話をしていたわけではない。しかし、国際交流の観点からは、たわいない会話も重要であることを付言しておきたい。(時事通信社 天野和利)
名前を尋ねる。意味のないことではない。スムーズな会話には相手の名前を知っておくことも必要だからだ。「クン・チュー・アライ・カ(あなたの名前は何ですか)」。この日のために覚えた拙いタイ語である。現地語での会話は、片言であっても大切だ。もちろん、国際親善のためである。ゆっくり、しっかり発音する。彼女の頬がポッと赤らむ。いや、肌が小麦色なので、実際はほとんど分からなかったが、きっと赤らんでいただろう。
「ポム・チュー・メイ・カ(私の名前はメイです=よく聞き取れなかったが、たぶん彼女はこう言ったと思う)」-。名前がメイさんであることは分かった。ついでに、あくまでもついでに、名前を紙に書いてもらった。これで、無料かつ、心に残る旅の土産が一つできたわけだ。
前置きが長くなったが(無駄な前置きではなく、意味ある前置きであることを強調しておく)、翌日、翌々日のプランは、メイさんらの親切な助言でおよそ確定した。メイさん「ら」となっているのは、ちょい悪おやじ風の色男の「マネジャー」が途中から邪魔、ではなくて、おせっかい、でもなくて、助けてくれたからである。
こうして、翌日は朝8時からエラワン国立公園の7段の滝を見に行くことになった。翌々日は、泰緬鉄道の旅である。昆虫記者はもともと、逆の順番を考えていたのだが、泰緬鉄道はナムトック駅午前5時20分発の列車に乗る計画のため、「ホテルからの移動手段を今から確保するのは難しいかもしれない」とのメイさんの助言に従ったのである。マネジャーの助言ならともかく、メイさんの助言を無視するなどという、心無いことはできないではないか。
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