今回の昆虫記者の対戦相手は、蛇蠍(だかつ)のように嫌われるサソリである。刺されて命を落としても構わないくらいの意気込みで臨んだのであった。しかし、最初からドッカーン、顔面蒼白(そうはく)。マレーシア・タマンネガラ国立公園へのサソリ旅と虫旅は「まだ何も始まらないうちに、すべてが終わった」のであった。(時事通信社 天野和利)
3月中旬、クアラルンプール国際空港から、東南アジア最速を誇る高速列車KLIAエクスプレスに乗車した昆虫記者。一人旅ならタクシーより安いし、ともかく速い。たったの28分で空港から首都クアラルンプール中心部のKLセントラル駅に到着する。
あっという間にKLセントラル駅。よしよし。順調じゃないか。初めて利用した列車だが、選択に間違いはなかった。改札を出て、この日一泊する中心部のホテルまでの道順を確認しようと地図を探す。あれ、地図が入っているはずのリュックはどこだ。
「リュ、リュ、リュックがない。しまった。やってしまった」。電車の中に置き忘れてしまったのだ。スーツケースとカメラバッグだけ持って出てきてしまった。あまりに快適な列車で、座席でついウトウトしてしまったのが運の尽き。寝ぼけた頭のままリュックを置き去りにして、列車を降りてしまったのだ。
「す、す、すべてが終わった」。一匹も虫を見ることなく、終わったのだ。熱帯だというのに、寒気がする。サーっと血の気が引いて、冷たい汗が流れる。視界が暗くなる。「お前はもう死んでいる」状態だ。クレジットカードと日本円の入った財布はリュックの中だ。着替えの服もパソコンもリュックの中だ。幸いマレーシア通貨リンギの入った財布とパスポートはポケットに入っているが、リュックの中身なしに、このまま旅を続けることは絶対不可能だ。
置き忘れたリュックは、すでに誰かに持ち去られているだろう。「ここは日本じゃないんだ。戻ってくるはずがない」。
絶望的状況だ。生けるしかばねとなって、ふらふらと改札口へ戻る。すると、駅の雑務係のようなマレー人の男が、ニヤニヤしながら近づいてくる。生きる気力を失った無防備な日本人観光客に、何やら悪事を仕掛けようとしているのか。来るなら来てみろ、もう失うものは何もないのだ。猫をかむ窮鼠(きゅうそ)のように、身構える。その時、男の口から、意外な言葉が。「バッグ? ユー・ロスト・ユア・バッグ?」。
なぜだ。なぜ知っている。さては、お前がリュックを持ち去って、闇世界の仲間に手渡したのだな。
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