そもそもの始まりは、数年前、社内の虫友達I氏から送られてきた「どうだ、参ったか」的内容の電子メールだった。「夏休みに上高地に行ってきました。観光名所の河童橋の周辺で、景色でも撮ろうと何気なく周囲を見回したら、こんなチョウがいました。何でしょうね、このチョウは。オオムラサキともちょっと違いますよね」。メールに添付されていた写真は、堂々たる風格の大きなチョウ。虫好きなら誰でも知っている「高山チョウの王者」オオイチモンジである。しかもメスだ。メスの方がオスよりも後ろの羽の白い紋が大きく美しい。やたらと地べたに下りてきて吸水するオスと違って樹上にいることが多い上、数も少なく、撮影は難しいと言われている。I氏が知らないはずはないのだ。絶対に知っている。当然オオイチモンジと知っていて、昆虫記者がオオイチモンジに出会ったことがないことも知っていて、虫友達がオオイチモンジを写真に収めたことを知った昆虫記者が、歯ぎしりをして悔しがることも知っていて、送ってきたメールに違いないのだった。(時事通信社・天野和利)
それ以来「今年の夏こそ上高地でオオイチモンジの写真を撮る」というのが、昆虫記者の新年の抱負になっている。神が降り立つ地「神降地」に、今年もきっと、昆虫記者はその神々しい姿を見せるのであろう。
いや、実を言えば、そんな希望に満ちたすがすがしい抱負ではない。もっとドロドロした、新年の報復の誓いのようなものである。「絶対に撮ってやる。I氏よりずっと、ずっと素晴らしい写真を撮って、I氏に送り付けてやる」。そして、どうだ、参ったかと言ってやるのだ。
しかし、上高地はさすがに東京から日帰りでは行けない。そして、有名な高級避暑地だから、宿代も相当に高い。一人1泊で3万~4万円というところが多いのである。お財布と相談し、家計への負担に配慮し、妻の顔色をうかがわなければならないのだ。しかも、そんな財政的、精神的苦痛を乗り越え、清水の舞台から飛び降りるつもりで高級ホテルを予約しようとすると、たいてい満室なのである。世の中には、お金持ちが多いのである。昆虫記者の知らない世界があるのだ。できれば、お仲間に入れてもらいたいのだが、到底手の届かない世界である。
そんな高級ホテルに泊まらずに、フルに昆虫捜索活動をするための秘策はないものか。金がないなら頭を使え。そして、I氏の写真攻撃から苦節数年、無い知恵を絞って思いついたのが、貧しい虫好きのための次のような上高地満喫・弾丸貧乏昆虫ツアー計画だ。
まずは、マイカーで上高地の玄関口である沢渡(さわんど)へ。上高地にはマイカー規制があるので、自家用車では沢渡までしか行けない。そして、沢渡の駐車場に車を止めて、車内で寝袋にくるまって1泊し、早朝にバスで上高地を目指し、最終バスで戻ってくる。1回目の上高地はこのプランを採用したのである。
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