タイの高原リゾート「カオヤイ」の虫三昧のホテル「アイヤラ・リゾート」の夜は、カブト、クワガタなど大物の来客が多い。大物がこれだけいれば、蛾を中心とした小さな虫たちは、とてつもない数が飛んで来るはずだ。しかし、なぜか小物の姿はほとんどない。電灯に照らされた白い壁は、本来なら蛾だらけの芸術的モザイク模様になっているはずだが、まるで花嫁衣装のような汚れのない純白のまま。実に不思議だが、その謎はやがて解明されるのである。(時事通信社・天野和利)
夜の虫探しをしていると、突然、「トッケイ!」という大声が背後から響く。昆虫記者の不審な行動が、ホテルの従業員に見とがめられたのか。ドキッとして振り返る。しかし、誰もいない。別にやましいことは何もないのだが、夜な夜な懐中電灯を持って、ホテルの廊下や、壁をじろじろ見回していれば、のぞき魔、痴漢、変態と思われても仕方がない。
心臓のバクバクがやや落ち着いたところで、再び虫探しを始める。ただでさえ夜は怖い。小さな物音にもビクビクする。そして、しばらくするとまた「トッケイ!」。
明らかに日本語ではないし、英語でもない。ではタイ語か。「オイお前、そこで何をしている」という意味のタイ語かもしれない。尋問された際の言い訳を考えていると、また「トッケイ!」。今度は頭上からだ。慌てて懐中電灯を向けると、そこには体長30センチ近くある巨大なヤモリが。体には水ぼうそうのような赤い斑点がたくさん。不気味な姿だ。そうなのだ、トッケイと叫んだのは、このヤモリなのである。その名もズバリ、トッケイヤモリと言うのである。
小さなヤモリはうじゃうじゃいるし、この巨大なトッケイヤモリも各フロアに1匹ぐらいずついる。それが、小さな虫たちをバクバク食べているのだ。カブト、クワガタクラスの大物以外は全て、この大小ヤモリ軍団に食べられてしまうのであった。ヤモリは南国の宿には欠かせない、無償奉仕の働き者の掃除屋なのだ。
恐らくトッケイヤモリは、昆虫記者に向かって「オイ、俺の餌を横取りするんじゃないぞ」と威嚇していたのだろう。巨大ヤモリが腹をいっぱいにするには、相当な数の虫が必要となる。床や壁を縦横無尽に走り回り、食べて食べて食べまくっているのである。
加えて、早朝には、南国版ムクドリの「インドハッカ」などの鳥も虫を食べにやってくる。ここでも昆虫記者との激しい競争が展開される。しかも、ヤモリや鳥は、生活が懸かっている。腹を満たすため必死なのだ。これに対して昆虫記者は、虫を撮れなければ首をつらなければならないほどハングリーではない。命懸けのやつらには勝てないのである。
そんなわけで、小さな蛾の収穫は今一つ。スパイダーマン以上のすさまじい戦闘能力を持つヤモリ軍団に、昆虫記者ごときが勝てるはずはないのである。
バックナンバー
シンガポールの沿線虫ガイド2 海辺の名所めぐり
(19/06/04)シンガポールの沿線昆虫ガイド オーチャードは蝶の道
(19/04/01)幽霊列車とサソリと暗殺者の宿 タイ・サイヨーク国立公園
(18/12/21)タイ一番の滝とビキニと蝶 エラワン国立公園
(18/10/18)タイの虫旅は死の鉄道に乗って
(18/08/30)昆虫記者と森の秘宝 マレーシア水の都を行く
(18/07/26)マレーシア・ジャングル放浪記 天女の誘惑
(18/05/16)昆虫記者は2度死ぬ マレーシアでサソリと対決
(18/04/11)新年の誓い 上高地で打倒オオイチモンジ
(18/01/11)闇に潜む魔物たち タイ・カオヤイの旅3
(17/11/09)昆虫ラブストーリー タイ・カオヤイの旅2
(17/08/14)ゾウの糞に集う虫たち タイ・カオヤイの旅1
(17/07/14)幸せの青い蝶「ユリシス」を求めて 豪キュランダの旅3
(17/05/08)虹色のクワガタとの遭遇 豪キュランダの旅2
(17/03/16)世界の車窓から虫探し 豪キュランダの旅
(17/02/10)映画「ぼくのおじさん」と「どくとるマンボウ」
(16/10/13)トリバネアゲハと露天風呂ざんまい
(16/09/13)昆虫記者の原点 オオカブトの来る高原の宿
(16/08/05)古都鎌倉で虫詣で
(16/05/24)「横浜〜鎌倉」昆虫バイパス道<横浜編>
(16/04/27)弱肉強食の昆虫バトルフィールド
(16/03/16)真冬の昆虫押しくらまんじゅう
(15/12/21)ムササビの森でビワハゴロモと深夜の密会
(15/11/09)オランウータンの森に舞うビロードの蝶
(15/09/07)果てしなく続く擬態合戦
(15/06/30)熱帯昆虫巨大化の法則を探る
(15/05/08)微細な生物の競演
(15/04/10)昆虫写真家・新開孝さんを囲む会
(15/01/13)見ごろは晩秋から初冬
(14/12/04)三つ星の虫が続々
(14/10/27)森上信夫氏に聞くプロへの道
(14/09/11)みんなで「モス」しませんか
(14/08/04)全種の累代飼育に挑む達人
(14/07/01)助っ人は蝶館主人の熱虫人
(14/05/19)光り輝くカメムシとカッチカチのゾウムシ
(14/04/15)巨象の群れとバラ色のカマキリ
(14/01/21)特集
コラム・連載