ボルネオ島の東端、マレーシア・サバ州のサンダカン近くを河口とするキナバタンガン川は、全長560キロに及ぶ大河だ。この川の中・下流域を中心とする低湿地は、野生の王国である。少なくとも、各種旅行案内にはそう書いてある。オランウータン、テングザル、ボルネオゾウ、ワニ、サイチョウ。旅行会社のサイトには、感動ものの写真がずらりと並んでいる。観光客がボートで、ゾウのすぐそばまで寄って写真を撮っている。
まあ、旅行会社のサイトとは、たいていこういうものだ。奇跡の1枚を、まるで日常の光景のように紹介する。そう簡単に、こんなにもたくさんの野生動物に会えるものではない。でも、動物の宝庫なら虫もいるだろう。そんな安易な発想で、昆虫記者はキナバタンガン川沿いのアニマルウォッチャーの聖地スカウに向かった。
宿は「ボルネオ・ネーチャー・ロッジ」。お値段は息子と二人1部屋で1泊約4万円。昆虫記者の貧乏スタンダードで判定すると「目の玉が飛び出る」クラスの高級宿である。
しかし、野生動物趣味の人々にとっては、これも納得の値段なのだ。2泊3日のパッケージには、計3回、それぞれ3時間ほどのリバークルーズが組み込まれていて、腕利きガイドが次々と動物を発見してくれる。ジャングルトレッキング、付近の村の散策などのおまけもあり、食べ放題の食事や、片道2時間かかる空港~ロッジ間の送り迎えも無料なのだ。
サンダカン空港から車とボートを乗り継いで午後3時過ぎにロッジに到着すると、すぐさま「4時にリバークルーズ開始」の連絡。部屋でくつろぐ暇もなく、食堂で軽食を口に押し込み、急いで船着場へ。虫探しの余裕など全くない。
宿泊者はキャプテン・クックのようなワイルドな西洋人ばかりで、全員動物と鳥が目当て。ロッジ側も当然、動物を見せることに全力を注ぐ。「虫、虫」と叫んでみても、誰も耳を貸さない。
船着場への道すがら、ブーゲンビリアの花にツマベニチョウ。慌ててカメラを構えると、「もう船がでるから急いで、急いで」とせきたてられる。虫ケラのせいで出発が遅れたりしたら、他の客から苦情殺到だ。昆虫記者はここでは完全にエイリアンである。居場所を間違えた感じである。邪魔者である。虫を探す時間なんて、ここにはない。虫に関心を向ける余裕はない。ここの人々が気にする虫といえば、動物観察の邪魔をする蚊やハエぐらいのものだ。
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