「嘘はいけないこと。人を騙すのは悪いこと。嘘をついたり、人を騙したりすれば、閻魔様に舌を抜かれる」と言われて、昆虫記者は育った。そんな品行方正な昆虫記者にとって、許せないのが擬態で姿をくらます昆虫だ。
童謡「かわいいかくれんぼ」のように「どんなに上手にかくれても、可愛いあんよが見えてるよ」といけばいいのだが、たいていは逆のケースだ。「どんなに必死に探しても、節穴の目玉では見つからないよ」と笑われている気分になる。怒りがこみ上げてくる。「お前ら、どこに隠れている。そこにいるのは分かっている。手を上げて出て来い」と叫びたくなる。
ボルネオの熱帯雨林にも、生き延びるため、子孫を残すために、擬態という騙しの技を駆使する者たちがいる。「もしかすると、目の前の花や葉、枝や石ころも擬態した虫ではないか」。疑い始めると何でもかんでも、擬態生物に見えてくる。
草の葉や、木の枝に擬態するものはいくらでもいる。しかし、キナバル公園で見つけた蛾は、常識を打ち破るとんでもないものに擬態していた。それは「鳥の糞に集まるハエ」である。
白っぽい羽には、真新しいヌメヌメした鳥の糞のような模様。そして何と、その偽の「鳥の糞」には、汚らしい大きなハエが2匹とまっているのだ。もちろんこのハエも偽物だ。ハエが寄って来るほど新鮮な糞。そんなものには、誰も近寄りたくはないだろう。単なる「物」ではなく、一つのシーン、ストーリーに擬態しているとは、すごいの一言である。
白っぽい場所にとまっていたら、蛾の存在は消え去り、鳥の糞とハエだけが視界に残るだろう。しかしこの蛾は、昆虫記者の部屋の窓に張り付いていた。これではせっかくの凝った擬態も台無し。「ふむふむ、なるほど、これがあの有名な鳥の糞とハエですか。でも、この程度の擬態で昆虫記者様を欺こうと思うのは百年早いね」などと、観賞されてしまうのである。
実は、この蛾はモンウスギヌカギバといって日本にもいる。しかし、日本のはハエの部分のデザインが今一つ。熱帯の蛾は、厳しい生存競争の中で、さらに擬態のレベルを上げたということだ。
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