大相撲春場所は、稀勢の里の優勝で幕を閉じた。初日からの12連勝、そして負傷、強行出場、逆転優勝。列島が感動に酔いしれる中、歴代横綱の中でもまれに見る濃密な新横綱場所を務めた稀勢の里の15日間をたどってみる。
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文化庁が毎年行う「国語に関する世論調査」では、本来の意味や言い回しとは異なる使い方が広まっている言葉が取り上げられて話題になるが、スポーツ用語にも、誤って使われる言葉が少なくない。その代表格が「横綱相撲」である。
横綱相撲とは、立ち合いから相手を圧倒する勝ちっぷりのことだと思っている人が多いが、本来の意味は、格下の相手にある程度先手を取らせておいておもむろに反撃し、危なげなく退けるような相撲を言う。横綱がいかに別格の存在であるかが、言葉にも表れている。
新横綱稀勢の里が初日から並べた12の白星は、完勝と横綱相撲が大半だった。本当の意味でヒヤッとした逆転勝ちは嘉風戦と琴奨菊戦ぐらいではないか。他の10番は危なげがなかった。
何より落ち着いて序盤を乗り切れたのが大きい。相変わらず腰は少し高いが、体を相手に正対させ、胸を合わせて前に出ることができていた。スポーツは骨格が大きな意味を持つ。稀勢の里は体の横幅があり、この1年ほど腹も一段と出てきた。がっちり左四つにならなくても、左を差すか右上手を取るかして、体を寄せて出ていけば相手は逃げ場がない。すなわち先手を取ったときは完勝、少々攻め込まれたときには文字通りの「横綱相撲」になった。
稀勢の里がまだ関脇だった頃。同じように期待される大関候補が何人かいる中で、どんな人が抜け出して大関になれると思うか尋ねたら「相手に圧力をかけられるようになった人じゃないですかね」と答えた。あれからずいぶん年月がたったが、ここ数場所、ようやくその感覚を会得してきたように見える。
平常心を保つために、わざとつまらなそうな表情をつくるのも「ルーティン」になりつつある。本来、仕切りを重ねるごとに力士の顔や肌がうっすらと紅潮していく様も、大相撲の美であり醍醐味だ。朝青龍が制限時間いっぱいになって左手でポンとまわしをたたき、最後の塩をつかむしぐさは、まさにゼニの取れる横綱のそれだった。
稀勢の里はこれまで、顔に力が入り過ぎたり、リラックスしようと口元を緩めて今度は「気持ち悪い」と言われたりして、ようやく今のスタイルを見つけた。横綱は仕切りでも観客を盛り上げてほしいものだが、新米横綱にまだそこまで望むまい。
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