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羽生善治、史上初の「永世7冠」

たどり着いた「大きな地点」

 2017年12月5日、午後4時23分。鹿児島県指宿市の対局室で渡辺明竜王が投了を告げ、将棋界に新たな伝説が誕生した。羽生善治(47)が3度目の挑戦で「永世竜王」の称号を取得し、前人未到の「永世7冠」を達成した瞬間だった。

 1985年に史上3人目の中学生棋士となり、89年に19歳で初タイトルの「竜王」を獲得すると、96年には25歳で7冠を独占。数々の記録を打ち立ててきたトップ棋士が、究極とも言える高みに到達した。

 「永世7冠」とは、将棋界の8大タイトルのうち、まだ規定のない叡王を除く7タイトルで「永世」の称号を得ること。「永世」となるには、名人なら通算5期、竜王なら連続5期か通算7期、王将なら通算10期と、それぞれに厳しい条件がある。タイトルを一つも取れずに辞めていく棋士がほとんどという将棋界にあって、「永世7冠」は表現しようもないほどの重みを持つ。「30年以上棋士生活を続けていく中で、一つの大きな地点にたどり着くことができた。そのことには非常に感慨深く思っています」。羽生は史上初の偉業をそう振り返った。

 大きな勝利や重要な勝負を手中に収める。記録を達成する。そんなとき、棋士はどんな感覚なのか。17年12月13日に東京都千代田区の日本記者クラブで行った記者会見で、羽生はこんな説明をした。「スポーツのアスリートなどとは違うと思うんですよ。終わった瞬間というのは、長時間の対局の疲れもあって、すぐに気持ちが(高揚して)変わる感じではないんです。私の場合は、少しずつにじみ出てくるような感覚で気持ちが変わっていくケースが多いんです」。対局終了直後でも落ち着きはらった様子に見えるのは、そのためだ。

 今回の永世7冠達成の喜びも、少しずつ心に広がってきた。「終わった直後はあまり実感もリアリティーもなかった。たくさんのファンの方からお祝いやメッセージをいただき、『できたんだなあ』ということを日々少しずつ実感しております」という。「一つの大きな地点」と表現した通り、前人未踏の頂に立った達成感は何ものにも代え難いものだろう。

 対局後、「自分にとって、もしかしたら(永世竜王、永世7冠の)最後のチャンスかもしれないという気持ちで臨んだ」と率直に心境を打ち明けた。17年は菅井竜也王位、中村太地王座という20代の若手棋士にタイトルを明け渡した。躍進を続ける若手の波はすごい勢いで迫ってくる。しかも竜王戦は伝統的に若手棋士が活躍してきたトーナメント。渡辺前竜王には08年に3連勝後4連敗。10年にも2勝4敗で屈していた。08年の3連勝後の4連敗は将棋界初の出来事。その屈辱たるや、並大抵のものではなかったはずだ。

 「また勝ち上がれる保証はない。今回は幸運にも勝ち上がって(挑戦する資格を)つかむことができた。これが10代、20代であれば『最後かも』という気持ちはなかっただろうが、このチャンスにはそういう気持ちでいかないといけないと思った」と今回に懸ける思いをしっかり心に刻みつけて勝負に向かった。

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