各国歴代最強イレブン

日本(2)

 もう一つ、W杯優勝経験国などのベストイレブンに比べて日本の選考が難しいのは、日本がまだ、本当の意味で世界を驚かせるパフォーマンスを大舞台で見せたことがないということだ。日本が急速にレベルアップしたことは、世界中のファンがある程度は認識している。しかし、W杯本大会で挙げた勝利はまだ4勝に過ぎない。つまり、「世界基準」という見地に立てば、日本サッカーにはまだ「黄金時代」と呼べる時期は訪れていないと言える。

 日本はW杯の8強入りが懸った3試合でまだ勝利がない。ベルギーと激戦を切り広げた18年W杯で2ゴールを奪ったのは大きな前進だが、準決勝、決勝で決定的な仕事をする選手を抱えた国々とは、まだ数段階の差があると言えるだろう。

 世界の大舞台で「黄金時代」がない以上、世界的に突出した人材も極めて少なかったと認めざるを得ないだろう。その中から「ベストイレブン」を選ぶのだから、かなり無理がある。

 唯一の例外は釜本邦茂ではないか。西側のプロが出場していなかった時代とはいえ、1968年メキシコ五輪の得点王。すべての点でスケールが大きく、体格、体の強さも欧州、南米勢にひけを取らなかった。70年前後の「ワールドサッカー」誌を見ると、何度か特集記事が組まれ、「世界のトップ20選手」にも選ばれている。釜本の全盛期に、彼より上のセンターフォワードは世界でそう何人もいなかったはずだ。欧州のプロになる話が進んだところで肝炎にかかって断念。このときに釜本が海を渡っていれば、日本サッカーの歴史はこの時点で変わったのではあるまいか。

 プロとしての実績なら、奥寺康彦もすごい。1977年から9年間、ドイツでプレー。当時のドイツと言えば、世界最高のリーグと言っていい。しかも、奥寺が所属したケルンやブレーメンは毎年のように優勝を争う強豪チームだった。その中で戦術や環境に適応し、FWから左サイドバックへとポジションを変えながらチームに適応し、レギュラーを張り続けた。その安定した継続性は「プロフェッショナル」の一語に尽きた。

 その後、中田や中村俊輔、香川が欧州の舞台でも輝きを放ち、華やかさでは奥寺を上回った。しかし、そのピークは、奥寺がコンスタントに力を発揮した期間に比べると、かなり短い。どちらを高く評価するかは難しく、最後は好みの問題になってしまうだろう。

 三浦知良なども扱いが難しい選手だ。ご承知の通り、不運もあってW杯には出場できなかった。しかし、Jリーグ発足前後の時代のエースとして、代表、所属クラブで日本サッカーを盛り上げた功績は大きい。しかも、50歳を過ぎても現役を続け、あくなき向上心を持って挑戦を続ける姿は、ある意味で選手としての手本である。日本のW杯初ゴールを挙げた中山雅史も似た要素を持つプレーヤーだ。

 前線のプレーヤーでは泥臭いながらも労をいとわないプレーで実績を積み上げ、レスターでプレミアリーグ制覇も経験した岡崎慎司が大きく浮上。苦戦が予想された18年W杯では欧州でもまれた乾貴士、原口元気、大迫勇也らがその経験で磨いた持ち味を発揮。乾が2ゴールを奪ったほか、大迫、原口も重要な場面で得点を記録した。

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