各国歴代最強イレブン

スペイン(2)

 そうは言っても、過去に名手たちがいたことも忘れてはなるまい。中でも、最高の選手とされるのが、1964年欧州選手権優勝チームのエースMFだったスアレスだ。60年の欧州最優秀選手。幅広く動き回って中盤をリードし、広い視野を生かして好パスを連発した。

 左ウイングのヘントも伝説的な選手。50-60年代に、ディスファノ、プスカシュらとともにレアル・マドリードの6度の欧州制覇に大きく貢献した。スピードを生かしたドリブル突破はチームの大きな武器だった。この2人はともに62、66年のW杯に出場。同年代のMFでは組み立て役だったデルソル、64年欧州選手権の決勝で先制ゴールを奪ったペレダらも記憶に残る選手だ。

 歴代最高のGKの1人に数えられているのがサモラ。20年代に3度の五輪に出場した後、34年のW杯で活躍した。身体能力が高く、勇敢な前への飛び出しでも好守を連発。「エル・ディビーノ(神様)」の異名を取った。

 スペインが4位に入った50年W杯では、サラ、バソラが何度も貴重なゴールを決めた。サラは代表20試合で20得点を稼いだ。

 70年代はW杯で2度の予選落ちを喫し、スペインにとっては苦しい時期だった。この時期の選手としては豊富な運動量と頭脳的なプレーで中盤や守備にと動いたピリ、長くバルセロナの守備の要として君臨したDFミゲリ、ドリブル突破を得意とした右FWのファニート、中盤のアセンシらが印象に残る。

 80年代はスペイン代表が上向いた時期だ。84年の欧州選手権で準優勝を果たし、86年のW杯では、乗りに乗っていたデンマークのスキを突き、決勝トーナメント1回戦で5-1と撃破した。84年の欧州選手権では金髪のセンターバック、マセダ、リベロのガジェゴらがしぶとい守りを見せ、前回王者の西ドイツを破った。主将も担ったカマーチョは左サイドバック、センターバックのほか、中盤の守備的な位置にも入ってコンスタントに力を発揮した。

 86年W杯では2人のスターが誕生したと言える。FWのブトラゲーニョはデンマーク戦の4ゴール(当時の大会タイ記録)を含む5得点。170センチで小回りが利き、ペナルティーエリア内で本領を発揮するタイプで、ポスト役のフリオ・サリナスの周囲を動きながら、チャンスをものにした。代表26ゴール。引退後は古巣レアル・マドリードのフロントとしてチーム強化を担った。

 ミッチェルは中盤からチャンスボールを提供するとともに、持ち前のシュート力を生かして自ら積極的にゴールを狙った。代表21ゴール。テクニックとシュート力を見せつけた90年W杯韓国戦のハットトリックが印象深い。

 スペインは92年のバルセロナ五輪に優勝。この時、守備的MFとして活躍したグアルディオラはバルセロナと代表で長く存在感を示した。中盤の深い位置から正確なパスを配して攻撃の起点となった。残念だったのは、けがなどがあってW杯で本領を発揮し切れなかったことか。

 長く守備の要だったイエロは代表戦89試合、W杯には90年から2002年まで4度出場した。センターバックと守備的MFをこなし、競り合いや空中戦に強かったばかりか、シュート力にも恵まれ、代表歴代2位の通算29得点をマークしている。

 90年代を中心に活躍した選手としては、代表戦126試合出場のGKスビサレッタ、左サイドからの攻撃参加が光ったDF、MFのセルジ、テニスの強豪ラファエル・ナダルのおじで、センターバックとして長く活躍したミゲルアンヘル・ナダル、右DFのフェレルらの名前も挙がる。

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