マラドーナ、ディステファノ、ケンペス、メッシら以外の攻撃陣に目を転じよう。忘れてならないのが30年の第1回W杯の得点王スタビレだ。独特の得点感覚を持ち、「侵入者」の異名を取った。30-40年代にリバープレートで活躍したモレノ、ペデルネラの2人も屈指のアタッカーとして名高い。モレノは34試合で19点を挙げた。
90、94年W杯では、スピードと決定力を兼ね備えたカニージャがマラドーナのターゲット役となった。90年の決勝も、カニージャが出場停止でなかったら、マラドーナのスルーパス一発で西ドイツが沈んでいたかもしれない。
94年からW杯に3大会連続で出場し、計10点を挙げたバティストゥータはシュート力抜群のスケールの大きなFWだった。2大会連続ハットトリックのW杯記録保持者。通算56ゴールはメッシに抜かれるまでアルゼンチン最多を数え、鮮やかな「バティゴール」にファンは熱狂した。
80年代のFWディアスも一瞬の決定力があった。マラドーナとの確執がなければ、もっと活躍できたに違いない。
28年五輪に出場した後でイタリアに渡ったオルシは屈指の左ウイングとされ、66年W杯ではオネガとマスの両ウイングが高い評価を集めた。
50-60年代に攻撃的MFとして活躍したシボリはディステファノ、マラドーナらともに、アルゼンチンが生んだ天才プレーヤーの1人に数えられている。小柄な左利きで、テクニックが抜群。イタリアに渡ると、ユベントスで大活躍。W杯にもイタリア代表として62年大会に出場し、61年には欧州最優秀選手に輝いた。
86年W杯ではブルチャガがマラドーナの好パートナーとなった。前線のバルダーノらにチャンスボールを供給。決勝では2-2に追いつかれた直後、マラドーナの絶妙のスルーパスで抜け出し、冷静に決勝ゴールを流し込んだ。
その後はオルテガ、ベロン、リケルメらが攻めを担うMF陣として代表的な存在だ。98、2002年W杯で攻撃的MFを担ったオルテガは自らゴールも狙い、得点力の高いタイプ。ベロンはよく動いてボールを獲得し、パスを散らして攻撃を組み立てた。
リケルメはキープ力があり、相手の急所を狙うパスのセンスが抜群。一瞬のスルーパスでゴールチャンスを何度も創出した。ただ、この3人はW杯で8強止まり。重要な試合で持ち味を出し切ったと言い切れない点が少し残念だ。
【アルゼンチンの歴代最強イレブン】
▽GK フィジョール
▽DF サネッティ、ルジェリ、パサレラ、マルソリーニ
▽MF モンティ、ディステファノ、マラドーナ
▽FW メッシ、バティストゥータ、ケンペス
▽控え プンピード(GK)、アジャラ(DF)、マスケラーノ、アルディレス、シボリ、モレノ(MF)、スタビレ(FW)
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