各国歴代最強イレブン

アルゼンチン(2)

 総合的な実績でマラドーナやディステファノに遠く及ばないとしても、最高の舞台で最高の活躍を演じたのが、78年のW杯初制覇のヒーローとなったケンペスだ。この大会のケンペスはとにかく体が切れまくっていた。相手守備に囲まれた狭い空間を、鮮やかなトラップやドリブルで抜け出し、タイミングのいいシュートで貴重なゴールを量産。2次リーグ以降の4試合で6得点を重ねた「エル・マタドール(闘牛士)」の活躍に、アルゼンチン全土が熱狂した。

 ケンペスが大きな大会でこれほどの活躍を演じたのは後にも先にもこの時だけで、母国で迎えたひのき舞台で一世一代のパフォーマンスを披露した。メノッティ監督がこの大会で代表に選んだ外国チーム所属選手はケンペス1人。ケンペスをキープレーヤーとにらみ、ケンペスに賭けた決断も見事に当たった。

 ただ、86年の優勝チームの攻撃陣が、マラドーナと、その忠実な僕(しもべ)で構成されていたのに比べ、78年のチームには個性派が少なくなかった。戦術眼に優れ、巧みなパスとドリブルでチャンスをつくったアルディレスはアルゼンチンサッカー界を代表するMFの1人。右ウイングのベルトーニ、ケンペスと前でゴールに絡んだルーケ、守備的MFガジェゴ、左右のサイドバック、オルギンとタランティーニらも印象に残る。

 センターバックのパサレラとGKフィジョールは、同国の歴代最強イレブンに選ばれるべき人材だ。パサレラは78年W杯で24歳の主将。173センチと上背がないにもかかわらず、競り合いに強く、ヘッドでも負けなかった。そのプレーを支えたのが、強い精神力。負けん気の強さを前面に出して味方を統率し、攻撃面でも左足の強シュートやヘッドで相手を脅かした。フィジョールは冷静さが光り、高いレベルで安定した守備を継続していた。78年W杯決勝では至近距離から決定的なシュートを防ぐなど、反応の良さも目を引いた。

 センターバックとしてパサレラに次ぐ存在としては、86年からW杯3大会に出場したルジェリ、60-70年代のペルフーモ、78年でコンビを組んだルイス・ガルバン、90年代表以降の守備の中心アジャラらが挙がる。ルジェリはパワフルな守備が目を引き、空中戦の強さは天下一品だった。

 GKでは86年優勝チームのプンピード、90年W杯のPK戦で活躍したゴイコエチェアがフィジョールに続く選手として印象に残る。

 伝統的にしたたかな選手がそろうのがこの国の守備的MF。78年のガジェゴはもちろん、20年代の2度の五輪と30年W杯に出場した後でイタリアに渡ったモンティ、60年代のラティン、90年代以降のレドンドやシメオネ、マスケラーノらは、いずれもひと癖ある個性派。強烈な守備で相手をつぶしたラティンは66年W杯のイングランド戦で退場処分を受けたことで知られ、98年W杯ではシメオネがイングランドのベッカムの反則を誘って退場に追い込んだ。勝つためには手段を選ばないようなずるさを持った選手が多い。マスケラーノは小柄にもかかわらず球際の競り合いに強く、守備的MF、最終ラインの両方をこなす視野の広さや柔らかさも持っていた。

 サイドバックでは66年W杯で活躍した左のマルソリーニがこのポジションの第一人者として高い評価を得ている。78年のタランティーニに加え、最近ではチャモも印象に残る。右では78年のオルギン、代表最多出場のサネッティらが印象に残る。

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