各国歴代最強イレブン

ドイツ(2)

 歴代イレブンでG・ミュラーとコンビを組むFW陣はクリンスマン、クローゼの両点取り屋と、ウイングとFWの中間的な存在だったルンメニゲとラーン、センターフォワードか攻撃的なMFを担ったゼーラーらが候補になる。クリンスマンは1990年からのW杯3大会で11得点、クローゼは2002年からの4大会で16得点を挙げ、ついに歴代トップに躍り出た。ともに上背があり、両足、ヘッドともOK。クリンスマンは突破力もあり、スペースを生かすダイナミックな動きが光った。クローゼは厳しい体勢からでもフィニッシュに持っていく身体能力に優れていた。

 ともに複数にわたってコンスタントに働いた点が特徴的で、5得点以上を2大会以上続けた選手、3大会にわたって各4点以上奪ったのはクローゼが初めてだった。18年W杯でドイツはまさかの1次リーグ敗退。ボールはキープできても、相手ゴール近くで動きが不足し、決定打が出なかった。クローゼに代わるトップが十分に機能できなかった点にも不振の大きな要因があった。

 ルンメニゲは80、81年の欧州最優秀選手。ボールへの反応が早く、クロスボールをワンタッチで押し込むのが得意。ドリブル突破にも切れがあり、左ウイングでもプレーした。こちらも息が長く、W杯3大会でゴールを決めている。ラーンは右サイドのアタッカーとして50年代を中心に活躍。54年W杯では決勝で2点を奪ってチームの初優勝に貢献し、58年大会でも主力として活躍した。

 ゼーラーは58年からW杯に4大会連続で出場(計21試合)し、いずれも2ゴール以上を奪った。闘志にあふれたプレーで知られ、170センチの小柄ながらヘッドも強かった。70年W杯準々決勝のイングランド戦で決めたバックヘッドの同点ゴールが印象深い。90年優勝メンバーのフェラーはブレーメンで長く奥寺康彦のチームメートだった。コンスタントに力を発揮し、クリンスマンと並ぶ代表47ゴールをマークした。

 右からのアタッカーとしては、ともに独特のリズムを生かして切れ込んだ74年W杯優勝メンバーのグラボウスキー、90年優勝のリトバルスキー、左では60-70年代に活躍したヘルトらがチームの好成績に大きく貢献した。

 54年W杯の優勝メンバーの中で、臨機応変のゲームメークや強シュートでチームを引っ張ったフリッツ・バルターは国民的ヒーローだ。弟のオットマーとともにW杯初制覇を成し遂げ、58年W杯でも4強まで進んだ。74年W杯優勝チームではオベラートがゲームメークを担った。当初は守備力を生かして66年W杯でも活躍。パス力を磨いて飛躍を遂げ、70年、74年と中心選手でプレーし続けた。74年は、天才肌のネッツァーとの定位置争いに勝利し、「左足の芸術家」としてキャリアのハイライトを迎えた。ネッツァーは視野が広く、タイプの違うパスを使い分けて攻撃を組み立てた。ネッツァーが中盤の中心として大活躍を演じた72年欧州選手権の優勝チームは、プレーの質では74年W杯のVチームより評価が高い。

 90年の優勝チームはマテウスが中心だった。攻撃から守備までオールラウンドにこなし、タフなプレーと持ち前のシュート力で何度も貴重な勝利に貢献した。86年W杯決勝ではマラドーナのマーク役を務め、90年、94年は中盤の中心。98年大会ではDF陣の最後尾にも入った。W杯出場25試合は最多記録。その「鉄人」ぶりは、ドイツサッカーを象徴する存在だった。

 今世紀に入ってからは、バラックが攻守に高い能力を発揮してドイツの中盤をリードしてきた。パスを出し、貴重な得点も奪って守備にもよく動く。2010、14年大会ではシュバインシュタイガーが守備的な位置で前方の若手の活躍を支えた。T・ミュラーは10、14年W杯の2大会で計10ゴール。不思議なほどチャンスでいい位置にいる。クラブでは大スターとは言えないのに、代表チームで結果を出すタイプだ。14年優勝チームの主軸となったクロースやエジル、ケディラは、今後の活躍次第で歴代の名手に数えられる可能性を十分に持っている。クロースはパスの能力が高く、エジルは得点に絡む動きが鋭い。ケディラは柔らかさと強さを併せ持ち、後方から攻撃をバックアップする。ただ、18年W杯の不振で3人とも少なからず評価を落としたのは事実だ。

 このほかのMF陣では、60年代のハーラー、74年W杯優勝のウリ・ヘーネスとボンホフ、80年欧州選手権優勝チームの中心シュスター、80-90年代のヘスラーやメラーらが記憶に残る。

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