各国歴代最強イレブン

ドイツ(1)

 ドイツのサッカーは面白みに欠けることが少なくない。勤勉な国民性に加え、体格、体力に優れる。その特長を生かし、まずは負けない戦いをする。強烈な個性に欠ける半面、精神力が強く、劣勢でもあきらめない。数々の粘り勝ち、逆転勝ちを演じ、W杯でも常に上位を争う。ドイツが優勝したW杯は、より高い評価を得たチームが存在してきた。技術、戦術面で多少見劣りしても、体力や精神面の優位を生かし、常に好結果を勝ち取るのがこの国の伝統だ。だから、優れたテクニックを愛するファンにとっては、必ずしも大好きなチームではない。ただ、14年W杯は堂々の優勝。際どい試合もあったが、大会のナンバーワンチームとして優勝を果たした同国初のケースとなったと言えよう。

 そんな伝統国の中で、2人の選手は文句なく傑出した存在として記憶されている。MF、DFの統率者として60-70年代に君臨した「皇帝」ベッケンバウアーと、70年代にゴールを量産したゲルト・ミュラーだ。この両者を軸にしたチームは72年の欧州選手権、74年のW杯を連覇し、2人が所属するバイエルン・ミュンヘンは3度の欧州制覇を果たした。2人が抜けた後のドイツは78年W杯の2次リーグで1勝もできなかった。

 ベッケンバウアーはボールテクニックに優れ、かつ守備センスにあふれたMFとして66年W杯の準優勝に貢献。この大会では鮮やかなドリブル突破などで4点を挙げた。その後、後方へと下がり、守備ラインを統率するとともに最後尾から攻めのビルドアップを担い、自らも攻撃に参加する「リベロ」としてその地位を確立した。背筋を伸ばした姿勢から前方をルックアップし、的確なパスを繰り出す。「華麗」と呼ぶにふさわしいディフェンダーはベッケンバウアーを置いていない。

 74年W杯では選手の起用法にも口を出し、大会途中からは実質的な監督として優勝に貢献。引退後は代表監督として86年W杯で準優勝、90年W杯で優勝した。現役時代には66年W杯と76年欧州選手権で準優勝、70年W杯でも3位に入っている。そのサッカー人生に大きな挫折はなく、常に栄光に包まれていたと言っていい。

 G・ミュラーはずんぐりした体形でさほど上背もなく、ボールテクニックも凡庸。当初から高い評価を得ていたわけではない。しかし、得点量産という結果が、有無を言わせず周囲を納得させていった。ゴールへの嗅覚が非凡で反応が鋭く、相手より一瞬早くボールに触れる。ボールがこぼれて来る場所、パスが入って来る場所を的確に予測してチャンスを逃さない。勝負する空間はペナルティーエリアの中か広くてもその周辺まで。勝負する時間も短い。決して形はよくなくても、両足、ヘッドと駆使してボールをゴールへと流しこんだ。

 ついたあだ名は「デル・ボンバー(爆撃機)」。70年W杯で10得点を重ねて得点王に輝くと、74年大会では自らは相手マークを引き付ける役として周囲にチャンスを提供したほか、決勝では持ち味の詰まった決勝ゴールを奪って母国に地元優勝をもたらした。W杯通算14ゴールは、ロナウド(ブラジル)に破られるまで最多記録だった。

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