各国歴代最強イレブン

イタリア(2)

 MF陣も守備的な選手から見ていこう。まず頭に浮かぶのが78、82年W杯で活躍し、82年に優勝メンバーとなったタルデリ。活動量が多く、守備の総合的な能力も抜群だった。機を見ては積極的に飛び出し、82年W杯決勝では2点目を決めた。その直後に見せた「絶叫の表情」は強烈な印象を残している。

 30年W杯にアルゼンチンで、34年にはイタリアの代表で出場したモンティも往年の名手として、高い評価を集める。ボールを奪うことにたけ、長めのパスで味方を動かしながら、自らゴールも狙った。

 2006年大会の優勝メンバーとなったピルロは、イタリアの守備的MFとしては異質な存在。アメリカンフットボールのQBのように、後方からのパス配給で攻撃を組み立てる華麗なタイプの選手だった。彼を中盤の後方で起用した「攻撃的マインド」が、24年ぶりのW杯制覇へとつながった。14年W杯まで活躍したピルロとは対照的に、70年代のベネッティは激しく、タフなプレーを身上とした。

 攻撃的なMFとしては、34、38年W杯連覇時の主力メアッツァが絶対的な存在だ。パス、シュートとも正確。小柄な割にヘッドも強く、貴重なゴールを重ねた。

 60-70年代には、リベラやサンドロ・マッツォーラが創造的な攻撃を繰り出した。ACミランで活躍したリベラは相手ゴールにより近い位置で得点に絡み、世紀の名勝負となった70年W杯準決勝の西ドイツ戦では、両チームの7点目となる決勝ゴールを奪った。

 インテルの中心選手だったS・マッツォーラは長短のパスをうまく織り交ぜて攻めた。チームが予想外の不振だった74年W杯で孤軍奮闘していた姿も忘れられない。父親のヴァレンティーノも名手として知られた。

 82年W杯代表の組み立て役だったアントニオーニも、素早い判断から好パスを送り、チームの最大の武器である速攻を引き出して優勝に貢献した。90年代表のゲームメーカー、ジャンニーニは色気漂う二枚目でもあった。

 右サイドには、70年代のカウシオ、80年代のコンティらユニークな人材がいる。特に、コンティはトリッキーなプレーでリズムの変化をもたらし、82年W杯制覇の大きな要素になった。

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