なかなか勝てなかったイングランドとの力関係が逆転するきっかけとなった70年W杯準々決勝の対戦も、イングランドが見舞われた不運が勝敗を左右した。イングランドは当時世界最高とされたGKゴードン・バンクスが絶好調。1次リーグでのブラジル戦ではペレの必殺のヘディングシュートをバーの上にはじき出し、「世紀のセーブ」と呼ばれた。チームの攻撃の中心だったボビー・チャールトンは「練習で際どいコースにシュートしても、バンクスに何度も防がれた。みんなシュート練習で苦笑いの連続だったよ」と述懐する。バンクスは32歳。GKとして心技体が高いレベルでかみ合い、最高の状態だった。
しかし、西ドイツ戦を前に口にしたビールが原因で腹を壊し、準々決勝に出場できなくなった。それでもイングランドはサイドからの攻撃が生きて2点を先行。主導権を握って4強へ視界良好な戦いを続けていた。しかし、ここからバンクス不在を嘆く展開へと暗転する。後半23分、ベッケンバウアーが放ったミドルシュートは決して止められない一撃ではなかった。にもかかわらず、バンクスに代わってゴールに入ったピーター・ボネッティが体の下を通してしまって1点差。同31分、ウベ・ゼーラーが頭に当てた山なりのヘディングシュートに対してもボネッティはポジショニングが悪く、ゴールインを許してしまった。こうなると西ドイツが勢いづく。延長で「爆撃機」ゲルト・ミュラーがボレーシュートを決め、ドラマチックな逆転勝ちを収めた。
勝負にたらればは禁物とはいえ、バンクスならいずれのシュートも難なく防いでいただろう。イングランドは2-0で完勝。イタリアとの準決勝も制し、ブラジルと決勝を争っていた可能性は十分だったとみている。
70年のイングランドはエースのB・チャールトンが32歳とフィールドプレーヤーとしては体力面が気になる年齢になっていたとはいえ、66年W杯の優勝チームより総合力は上だった。1次リーグで対戦したブラジルにも0-1と善戦。イングランドにも何度か決定的なチャンスがある接戦だった。「夢のサッカー」で3度目の頂点に立ったブラジルといえども、決勝で再戦していれば対イタリアより厳しい試合になったことだろう。しかし、現実には正守護神を欠いたイングランドは、準々決勝で西ドイツに敗れてしまった。
この大会当時、筆者は家族の都合で英国で暮らしていた。W杯の位置づけや意味も分かっていない子どもだったが、連覇の夢を絶たれた英国民の落胆ぶりは何となく覚えている。リネカーは9歳。さぞや悔しい思いでテレビ画面を見詰めていたに違いない。
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