中国の感染対策と民主主義の国のやり方と比較すると、意義深い結果が見えてくる。
民主主義の国では、人々の自由と基本的人権が憲法によって保障されている。政府はロックダウン(都市封鎖)など人々の行動を制限することが簡単にはできない。感染症を理由にロックダウンを行おうとしても、関連の法整備を行う必要があり、議会の承認を取り付けなければならない。その一連の手続きを取るために、かなり時間がかかる。
アメリカは連邦制で各州知事はある程度強制措置を取ることができるが、やりすぎると、住民の反発を招く恐れがあり、結局のところ、慎重にならざるを得ない。
一方、日本では、政府はいくら感染が拡大しても、ほとんど強制的な措置を取ることができない。結局のところ、できることは自粛要請といった「お願い」の類でしかない。
それに対して、中国は独裁政治であり、いかなる強制措置を取るときもその必要性さえ認められれば、法的な根拠は基本的に必要がない。これは、感染症に立ち向かう独裁政治の強みともいえる。
もちろん、中国もウイルスの感染抑制ばかりか経済活動の回復も実現しなければならないが、それを同時に行うことができないため、優先順位として、まず感染を抑制したうえで経済活動を回復することにした。具体的には、工場が再稼働したあとでも、陽性者が1人でも見つかった場合、その時点から工場そのものの2週間の操業停止になる。その間、衛生保健局(日本の保健所に相当)の監督のもと、徹底的に消毒が行われる。このような徹底ぶりこそ、感染を抑制できた理由といえる。
日本では、政府は経済の疲弊を心配して、「Go Toトラベルキャンペーン」を推進した。専門家からも、このキャンペーンはウイルスの感染拡大を助長するのではないかと心配の声が上がったが、国会答弁で菅首相は、キャンペーンと感染拡大との因果関係は実証されていないと強弁した。最近になって、感染者が日々増加して連日のように過去最多を更新している状況を受け、当初は大阪市と札幌市を、次いで東京都発着も除外をと指摘される中、ようやく年始1月11日まで全国一斉に一時的に停止すると発表した。感染対策がこのように右往左往する背景に、政府の感染症対策の論理が不明確であることがある。
結論的にいえば、感染対策の基本は東京都の小池百合子知事が主張した「短期集中」でなければならない。夏に感染者が一時的に減ったことで政府が油断し、対策姿勢が緩慢になったのではなかろうか。
「Go Toトラベルキャンペーン」の問題は、感染を拡大させるというよりも、そのメッセージ性である。旅行も奨励されるのだから、近場で酒を飲むくらいは問題ないだろうと思わせた。
菅首相が先日、大人数で忘年会を行ったことも同様である。「自粛を要請している首相も大人数で外食するのだから、我々も大丈夫ではないか」と思われても仕方がない。政府のトップから市井の若者まで、新型コロナの感染力を軽視しているから、感染が拡大しているということである。
民主主義の国は、独裁政治を学ぶ必要はまったくないが、感染拡大を押さえ込めている現実にはもっと目を向け、参考にすべきところは取り入れるべきではないか。(2020年12月)
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【筆者紹介】公益財団法人東京財団政策研究所主席研究員、静岡県立大学グローバル地域センター特任教授、株式会社富士通総研経済研究所客員研究員。1963年、中国南京市生まれ。88年留学のため来日し、92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院修士取得(経済学)。同年 長銀総合研究所国際調査部研究員、98年富士通総研経済研究所主任研究員、2006年富士通総研経済研究所主席研究員を経て、2018年より現職。主な著書に『中国「強国復権」の条件:「一帯一路」の大望とリスク』(慶応大学出版会、2018年)、『爆買いと反日、中国人の行動原理』(時事通信出版、2015年)、『チャイナクライシスへの警鐘』(日本実業出版社、2010年)、『中国の不良債権問題』(日本経済出版社、2007年)などがある。
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