「ホシの人定を急げ」――。
捜査本部を指揮する小林捜査1課長はまず、捜査の基本中の基本である容疑者の特定を急ぐよう示達(指示)した。基本とは、「人定の把握」である。氏名・住所・生年月日・家族状況・勤務先・立ち回り先、そして前科前歴など容疑者の人となりを把握することである。
班長である捜査1課警部がメンバーを集めた。
「1課の初動捜査班とSSBCには、防カメ収集と解析をすでに頼んでいる。先ほど入った連絡では、マル被(被疑者のこと)は4人だ。あとは周囲であおるなどしていた行為者となる。まずはこの4人を追うぞ!」
警部の声にも力が入る。聞き込みや防犯カメラの画像収集を行う捜査1課初動捜査班、そしてSSBCはいち早く、現場付近の防犯カメラ画像、動画投稿サイトにアップされていた、車を横転させる一連の映像を入手していた。
当時渋谷の街にいた群衆は約4万人。そのうちの4人が主たる行為者とされたのだった。警視庁は一体どのようにして4万人から4人に絞り込めたのだろうか。
「警視庁のものです。恐れ入りますが捜査の関係で防犯カメラの画像を見せてほしい」
今回の事件現場にほど近い、センター街にあるビルの設備担当者のもとを訪れたのは、SSBC捜査員と捜査1課員。捜査1課員はブリーフケースから書類を取り出し、担当者に示した。
「捜査関係事項照会書」と題した書類には、右上に「渋谷警察署長」の印が押されている。
内容部分には、
<事件の捜査に必要なため、防犯カメラ画像の提供にご協力願います>
と記されている。この照会書には強制力はなく、あくまで任意での捜査協力を促すものだ。
防犯カメラの画像はどのように収集され、そして分析されるのか。筆者の取材によると、次のような流れで捜査が進められたことがわかった。
そもそも警視庁には、「防犯カメラデータベース」が存在している。これは、都内各所のどの場所にどのような形式の防犯カメラが設置されているか、警視庁が独自にデータベース化したものだ。
渋谷ハロウィーン事件では、まず渋谷地区の防犯カメラが瞬時にリストアップされた。ちなみに、渋谷地区には警視庁が独自に設置した防犯カメラが数十台あり、それらもリストアップされたものに含まれている。SSBC捜査員と捜査1課員は画像収集に際し、まずこのリストアップされたカメラの管理者をあたっていったのだ。
並行して進められたのが、「当日のSNSへの投稿動画」のチェックである。インターネットのSNS上には、当日現場に居合わせた人たちが、暴徒によって車が横転させられる一部始終を撮影・投稿していた。チェックは警視庁本部にいる別のSSBC捜査員があたっていた。
「あった! これだこれだ」
インターネット上には当日の暴動の様子を撮影した動画が氾濫していた。しかし、SSBC捜査員はひるむことはなかった。独自の「ビッグデータAI検索」を用いることにしたのだ。
このビッグデータ検索は、警視庁独自の検索システムである。警視庁が運用する大型コンピュータの画面上で検索キーワードを入力する。AIが膨大な動画データを数秒で解析。数万点に及ぶ動画から事件に関連したもののみを抽出し、リストアップした。
AIのこうした機能は、従来のコンピュータにはない「機械学習」によるものだった。機械学習とは、AIが持つディープラーニング(深層学習)機能の賜物だ。
そもそも、コンピュータは図形や自然言語を理解するのが苦手とされていた。ところがAIのディープラーニングが理解力をアップさせた。それにより、機械学習=「パターン認識」の力が飛躍的に向上。ネット上に氾濫する動画から事件に関係するものだけを認識し、抽出することができたのだ。
そして、画像の中で車横転に関わった人物は何者か。捜査本部はここでもAIを活用した「顔照合」を行っていた。
顔照合の手順はこうだ。
まず被疑者の顔画像を拡大・鮮明化する処置を施す。そしてクリアになった顔画像を「顔画像識別システム」にインプットする。顔画像識別システムは、警察当局が保管する運転免許台帳の写真データと抽出した顔画像で一致したものを、わずか数秒で検出するシステムである。
「マル被は鈴木一郎=仮名=と判明! 他2人もヒット!」
SSBC捜査員は興奮して思わず声を上げた。ハロウィーン暴徒の4人のうち3人が忽然と浮上した瞬間だった。
男たちの顔写真は警視庁の全捜査員が持つ専用スマホ「ポリスモード」に一斉送信され、3人の自宅、立ち回り先には捜査員が急行した。
車横転の画像に映っている、残る1人の男については、運転免許証データとヒットしなかったため、捜査が続けられることになった。
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