歴史の皮肉はすべてを逆転させる。トランプ次期米大統領の登場は、世界の雰囲気を一変させた。「何をしでかすか分からない乱暴者」。そんなイメージは、「米経済の閉塞感を打破するために何かをなし遂げられる政治家」へと、ガラリと塗り替えられた。日本の経済と市場は、恐らく最後のバブルに足を踏み入れようとしている。
世の中には、奇しくも時代を映す書物が立ち現れる事がある。旧住友銀行元取締役の國重惇史氏がイトマン事件の内幕を赤裸々に描いた『住友銀行秘史』(講談社)と、ジャーナリストの永野健二氏が1980年代のバブル経済の生成過程を記した『バブル』(新潮社)である。いずれも細部に棲まう神々のディテールを活写し、一気に読ませる。
バブルの時代が歴史の闇に消えていくのを、記録にとどめようとした書物。そんな受け止め方をする向きもあろうが、両書を手に取るビジネスパースンの多くは不思議な暗号を読み取っているに違いない。これは「既に起こった未来」なのだという事を。
トランプ氏の公約
今なぜバブルの物語か、という問いに入る前に、11月8日の米大統領選が世界の常識をひっくり返したことを、確認しておこう。成功者には多くの友人や親戚が現れる。トランプ氏が当選するや否や、前々からトランプ大統領を予見していたという、自称専門家が多く現れている。反対に、ヒラリー・クリントン大統領の登場を自明にしていた、米国専門家はお焼香の雰囲気である。
トランプ登場をもたらした米政治の地殻変動については、多くの論考が寄せられている。問題は、世界の経済と金融市場に災厄をもたらすはずのトランプ次期大統領が、市場参加者をユーフォリア(多幸症)にさせているという点である。大幅減税や巨額のインフラ投資、オバマ政権時代の過剰規制の見直しなど、トランプ候補が掲げる公約を、米国の株式市場は率直に歓迎した―。
そんな解説が聞かれる。誤っているわけではなかろうが、何となく取って付けたような感じが否めない。と言うのも、法人税を35%から15%に引き下げる減税にせよ、10年で1兆ドル規模に達するインフラ投資にせよ、ドッド・フランク法の撤廃に向けた金融規制緩和にせよ、石油・天然ガスなど化石燃料に対する規制緩和にせよ、いずれもトランプ氏が隠すことなく掲げていた公約だからだ。
多くのメディアはトランプ、クリントン両候補の人格攻撃合戦の報道に終始したとは言え、エコノミストやストラテジストが選挙公約を読んでいなかったとは思えない。にもかかわらず、どうせクリントン候補が勝つのだろうから、と真面目に取り合っていなかったのだ。トランプ候補が勝つとの予見に胸を張るテレビのコメンテーターたちは、どうぞご勝手に。刮目すべきは、命の次に大切なもの(カネ)を賭けて、切った張ったを演じる市場参加者である。
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