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【今月の映画】

スカーレット・ヨハンソン主演、米映画「ブラック・ウィドウ」

女性スパイたちの「#MeToo」

 映画「ブラック・ウィドウ」(ケイト・ショートランド監督)は、米マーベル・スタジオの「アベンジャーズ」シリーズの主要メンバーだったロシア出身の元スパイの女性を主人公に据えたアクション巨編。

 これまでのシリーズ同様、米人気俳優のスカーレット・ヨハンソンがヒロインを演じ、ジェームズ・ボンドや「ミッション:インポッシブル」のイーサン・ハント顔負けの派手な活躍を見せる。過去の作品では語られなかった彼女の隠された過去やその内面にもスポットを当て、ドラマとしても見応え十分だ。(時事通信編集委員 小菅昭彦)

 ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフ(ヨハンソン)はずばぬけた戦闘能力と冷静な判断力を持った女性で、初登場は2010年公開の「アイアンマン2」だった。元はKGB(旧ソ連国家保安委員会)の超一流の暗殺者だったが、国際平和維持組織「S.H.I.E.L.D.」に加入し、その後ヒーローチーム「アベンジャーズ」の一員に。「アベンジャーズ/エンドゲーム」(2019年)では、彼女の決断が物語を大きく転換させた。

 今作はアベンジャーズのメンバーが「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(2016年)で内部分裂した後、単独行動を取っていたナターシャの物語。ある女性との再会をきっかけに、彼女が忌まわしい過去と向き合う姿を描く。

 ナターシャは人並み外れた身体能力を持つものの、特殊な薬品で体を強化したキャプテン・アメリカやパワードスーツに身を包んだアイアンマンなどとは異なる生身の人間。このため、今作のアクションは他のヒーローのようなアクロバチックな動きは抑えめで、激しい格闘やカーチェイスなどが中心に据えられている。

 その映像はさながら「ジェームズ・ボンドのバージョンアップ版」と思わせる。劇中では「007」シリーズの「ムーンレイカー」(1979年)の一場面が流れる趣向もあり、思わずニヤリとするファンは多いはず。クライマックスの脱出アクションもボンド映画を彷彿(ほうふつ)とさせ、今作の作り手が「スーパーヒロイン映画」ではなく、「グレードップしたスパイ映画」のテイストを狙っているのは明らかだろう。

ラストで新展開の予感

 過去の作品では、個人的な恨みが巨大な憎悪を生むさまを描いた「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」など上質な物語でファンを魅了した「アベンジャーズ」シリーズ。その精神は今回も継承されている。今作で打ち出されるテーマは「家族の再生」。アクション娯楽作でありながら、ドラマとしての部分でも楽しめる脚本の見事さにうならされる。

 顧みれば、「アベンジャーズ」シリーズもヒーローチームという「疑似家族」の成立と離散、そして再生を描いた物語だった。その意味で、今作はブラック・ウィドウという一つのキャラクターのエピソードでありながら、「アベンジャーズとはどんな物語だったのか」を改めて観客に示す作品であるとも言える。

 同時に現代社会を見据えたメッセージ性にも注目したい。ナターシャの敵は彼女の過去にも大きな関わりを持つ男で、女性たちを自分の意のままに動く暗殺者に仕立てようと企てる。ナターシャが彼の呪縛から女性たちを解き放とうと奮闘する姿に、多くの観客は近年の「#MeToo(ミートゥー)」運動を重ね合わせるに違いない。

 ダークな背景を持つ物語でありながら、随所に挿入されるコミカルなテイストが作品に明るさをもたらす。かつてはロシアのスーパーソルジャー「レッド・ガーディアン」だったが、太った中年に成り下がったアレクセイ(デビッド・ハーバー)がコメディーリリーフとしての役割をきっちりと果たし、忍者を思わせるブラック・ウィドウの決めポーズは笑いのネタにされる。

 ヨハンソンは今回自ら製作総指揮も兼ね、約10年にわたって演じ続けた当たり役に、より膨らみを与えた。共演には「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」で第92回米アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされた若手のフローレンス・ピューや、「ロニートとエスティ 彼女たちの選択」でレズビアン役を好演したレイチェル・ワイズら実力派を配置。女性陣3人にハーバーを加えた主要出演者のやりとりが作品の大きな魅力となっている。

 ナターシャの物語は今作で一応のピリオドを打ったことになっているが、エンディングロールの後には新たな展開を予測させるエピソードが語られる。この場面に対する評価は分かれそうだが、ファンの期待が高まるのは間違いなく、今後の展開を待ちたい。

 「ブラック・ウィドウ」は劇場公開中。動画サービス「ディズニープラス」でも配信中。(2021年7月15日掲載)

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