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【今月の映画】

マッツ・ブリュガー監督、ドキュメンタリー欧映画「ザ・モール」

北朝鮮をだました「モグラ」描く問題作

 北朝鮮を扱った映画で、これほど度肝を抜かれたものはなく、このドキュメンタリーは真実なのかと疑う声が上がったのも無理はない。在スウェーデン北朝鮮大使館は、この作品が北朝鮮の名声を損なうことを意図した偽物であり、完全な捏造(ねつぞう)であるとの声明を出したという。タイトルの「The Mole」は英語でモグラ、さらにはスパイを意味する。デンマークの白人男性が自らの意志でmoleとなって親北団体に潜り込み、かの国の暗部を抉り出すというのが全体の流れ。今年2月にはNHK-BSで「潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇」との題名で放送され、一部のマニアや専門家の間で大きな反響を呼んでいた。(慶應義塾大学教授 礒﨑敦仁)

 舞台となるKFA(Korean Friendship Association、「朝鮮との親善協会」)という組織は、20年近く前からホームページを開設しており、日本でも北朝鮮ウオッチャーの中ではよく知られていた。欧州を主たる拠点として、北朝鮮シンパの獲得を目的とし、ホームページの活動紹介では「地上の楽園」を宣伝する展示会や会合の開催、文化交流などを掲げているが、その裏では北朝鮮の武器輸出や石油の密輸ビジネスにも携わっていたことが、この映画で初めて明らかになる。

 KFAトップのスペイン男性、アレハンドロは、北朝鮮の多くの重要取引に関わっているばかりか、自らが北朝鮮の某省で高い地位にあることを豪語する。彼は、現在もなお活動中で、その表の顔は、KFAのホームページなど公開情報でいくらでも見ることができる。

 主人公ウルリクによるこの親善団体への潜入は10年間にも及び、欧州のみならず、米国、アジア、アフリカも含む計14カ国で撮影された映像により、武器取引の様子が生々しく描写された。特に、北朝鮮国内での隠し撮りは大きなリスクを負って撮影されたものだ。

 差し支えない程度に大筋を明らかにするならば、事の発端は、ウルリクがmoleとなって親朝団体の活動を撮影するとの企画を自ら映画監督マッツ・ブリュガーに持ち込んだことにある。2011年、ウルリクがコペンハーゲンにある北朝鮮との友好協会に加入した時点では、その後の展開は誰にも予想できないものであった。当初はオタク的な興味本位、怖いもの見たさであったろう。

 しかし、初訪朝の際にKFAトップのアレハンドロと出会ってから、ウルリクはKFAデンマーク支部の代表、さらにはスカンジナビア代表に就任し、アレハンドロの指示で北朝鮮の暗部に深く入り込んでいく。平壌郊外での武器売買契約や、ウガンダの政府関係者を巻き込んだ秘密プロジェクトの推進、ヨルダンで北朝鮮への石油密輸入について話し合う場面など見どころ満載だ。

 特に、投資家役のmoleとなったジェームズが北京で北朝鮮の武器担当者と接触した際の、先方の反応が実に生々しい。取引相手がジェームズに対する警戒心を隠さぬ一方、ウガンダ人のビジネスのやり方をからかうなどの描写は見逃せない。真偽のほどは立証できないのだが。

真偽の見極め、難しく

 北朝鮮と国交のない日本では、北朝鮮が国際社会で孤立しているとステレオタイプ的に言われることもあるが、同国は国連加盟国の8割以上、159カ国と国交を結んでおり、在外公館を設置している国も多い。KFAは30カ国ほどに会員を擁しているという。

 北朝鮮政治を研究対象にしている私は普段、その表面的な動きしか観察していない。民間人である私が接近できる情報は限定的であるため、不確実な情報を収集して推測に推測を重ねるよりも、北朝鮮自身が発信する報道内容を精査することで見極められること――例えば、北朝鮮政府の政策やビジョンの検証――に集中してきた。公開情報で把握できることは限られるが、それにより見極められることと見極められないことの境界線に対して関心を寄せてきたのである。

 映画「The Mole」は、私にとって完全に境界線の向こう側。境界線の向こう側からやってくる情報の真偽を見定めるのは難しく、公開情報の精査以上に慎重さを要する。筆者は、20年前に北京の日本大使館で末端職員として3年間勤務した経験があるが、その時にも北朝鮮情報は玉石混交であると実感した。インテリジェンスに欠かせないダブルチェックが難しいのである。

 伝聞情報のみならず、モノ――北朝鮮の「内部資料」――が流出することもあるが、そこにも明らかな偽物が含まれる。私自身も金稼ぎなどのために偽造された「内部資料」を何度も見てきた。結局、この問題に携わっている一部のプロが入手してきた情報を参考にすることはあっても、再検証が難しい以上、その「未確認情報」に大きく依拠することははばかれることがほとんどである。

 しかし、「The Mole」は長時間にわたる映像で真実に迫った。後追い取材ができない一方、反証も難しい。冒頭で述べた在スウェーデン北朝鮮大使館のものを除き、北朝鮮側からの公式的な反応は見られない。今もなお対応を検討中なのかもしれないが、脱北者などの「証言」をもとにしたドキュメンタリーと異なり、鮮明な映像が音声とともに残っているため、内容を全否定するのは難しいであろう。

 北朝鮮の実態を知るうえで考えさせられる映画だが、隣国である以上、逃げるわけにはいかない。感情に流されず、しっかりと向き合う姿勢もまた求められる。

 「ザ・モール」は10月15日から全国で順次公開。

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