大望抱いた若者たちの青春の終わり
次々に繰り出されるダイナミックな映像が映画ならではの醍醐味(だいごみ)を感じさせる。『関ヶ原』で天下分け目の決戦を描いた原田眞人監督が、同作で主演を務めた岡田准一と再びタッグを組んだ『燃えよ剣』(全国上映中)で、幕末を駆け抜けた新選組の物語に挑んだ。
『関ヶ原』同様、司馬遼太郎の長編小説を1本の映画に凝縮。岡田演じる新選組副長の土方歳三をはじめ、個性豊かな男優陣が激動する時代を生きる男たちを熱演し、重量感ある本格派の時代劇に仕上がっている。
武州多摩の農民の子だった土方は、剣術仲間の近藤勇(鈴木亮平)や沖田総司(山田涼介)らと京都に上り、倒幕派勢力の制圧を目的とした「新選組」を組織する。映画は、武士に憧れる粗暴な若者だった土方が次第に侍としての己を確立するさまを、池田屋事件をはじめとする名高い史実を絡めながら描く。
原田監督による脚本は、原作の流れは踏襲しつつ、土方の恋人のお雪(柴咲コウ)をより行動的で現代的な女性として描いたり、土方を狙う倒幕派の志士、七里研之助(大場泰正)のキャラクターを膨らませたりと、随所に新たな趣向も織り交ぜてストーリーを構築している。
従来の新選組映画は、隊の結成以降の出来事を中心に置くものが多かったが、原田監督は、土方らが多摩で「バラガキ(乱暴者)」と呼ばれていた時代の描写にも時間を割き、若者の成長物語としての側面を持たせた。結果、今作は大望を抱いて都に出た若者たちの青春の終わりを描いた作品のようにも見える。
これはキャスティングによるところも大きい。過去の新選組映画は、彼らを成熟した大人のイメージで描くことが多かった。例えば1969年の『新選組』(沢島忠監督)は当時40代後半の三船敏郎が近藤勇の役。1999年の『御法度』(大島渚監督)では50歳を超えたビートたけしが土方歳三を演じた。
実際の歴史では、近藤は33歳、土方は34歳で没している。今作の岡田(撮影開始時点で38歳)と鈴木(同35歳)は役の実年齢に近く、雰囲気は時に粗削りで若々しい。その人物像はより現実に近いのではと筆者には思えた。
幕末にタイムスリップ
映画を見た観客は、緻密に作り込まれたセットに加え、世界遺産や国宝級の名所でのロケーションで再現されたリアルな幕末の世界にいざなわれる。初代筆頭局長の芹沢鴨(伊藤英明)の暗殺など隊の主導権をめぐる内紛の場面も迫力満点だが、迫真性が群を抜くのは新選組の名を世間に知らしめた池田屋事件のシーンだろう。
原田監督の要望により、滋賀県内の敷地に池田屋を中心とした全長125メートルの町並みをオープンセットで再現。新選組がこの旅館を急襲し、尊王攘夷派の志士たちとの戦いを始めるまでのプロセスと、その後の激しい乱闘はドキュメンタリーを思わせ、観客は現場に入り込んだような錯覚を覚えるのではないだろうか。
この「タイムスリップ感」こそ、まさしく原田監督が今作で目指したものだ。それは池田屋事件のようなアクションシーンだけにとどまらず、お雪の家など日常のシーンにも及ぶ。隙のない美術と、陰影に富んだ照明。さらには祇園囃子(ばやし)や物売りの声、虫の音(ね)といった効果音。これらが三位一体となって、当時の空気を劇場によみがえらせる。
その空気感の中で自在に動き回る俳優陣も魅力的だ。岡田は話し方に加え、歩き方や食事の取り方といったたたずまいの変化で、土方の人間的成長を強く印象付ける。演じる殺陣の型は自ら決め、スピーディーかつ重量感ある剣さばきも見事だ。鈴木もリーダーの包容力を持ちながら、かわいげもある人間臭い近藤像を好演する。
歌舞伎や演劇、お笑いの世界からも起用した多彩なキャストが激動の物語を彩るが、特筆すべきは、芹沢役の伊藤と沖田総司役の山田涼介だ。伊藤は傍若無人だが、弟に面差しの似た沖田には優しく接する二面性のある人物を、時にニヒリズムを漂わせながら力強く演じる。
一方の山田は、明朗さとはかなさを併せ持つ悲劇の美剣士を見事に体現。病魔に冒された沖田を表現するために、撮影中に8キロ減量したといい、こん身の演技からは、その役者魂が強く伝わってきた。
最後に、数少ない女性の登場人物だったお雪にも触れておきたい。柴咲が演じるお雪と土方が出会い、結ばれるまでのプロセスはしっとりとしたトーンで描かれ、まるでヨーロッパのロマンチックな恋愛映画を見ているよう。さらに、彼女の視点からは当時の庶民が感じたであろう幕末の不穏さがくっきりと浮かび上がってくる。
新選組を描く物語は、単なる恋愛相手役にはとどまらないお雪の存在でより深みを増し、見応えのある人間ドラマに昇華した。史実の再現や激しいアクションに目を奪われがちな作品だが、そのドラマ性にもぜひ注目してほしい。(時事通信編集委員 小菅昭彦)
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