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【今月の映画】

米ドキュメンタリー映画「THE RESCUE 奇跡を起こした者たち」

証言で紡ぐ「奇跡の裏側」

 全員無事ー。結末を知っていても画面に食い入ってしまうのはなぜだろう。2018年6月、タイ・チェンライで地元サッカーチームの子どもたち12人とコーチの計13人が浸水した洞窟に閉じ込められた。エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィと夫ジミー・チン両監督がカメラで迫ったのは、絶望的状況下で敢行された救助作戦の全貌だ。2019年に「フリーソロ」で米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した2人の最新作には、関係者しか知り得ない「奇跡の裏側」が詰まっている。(時事ドットコム編集部 正木憲和)

 タイ海軍が持っていた救助活動中の洞窟内部などの秘蔵映像や、各国から駆け付けた洞窟ダイバー、軍関係者らへのインタビューで構成された1時間47分。つなぎ合わされた証言から「現場で起きていたこと」「彼らが感じていたこと」が十二分に伝わってくる。

 半月以上も暗闇に閉じ込められた13人を助け出し、世界を驚かせたダイバーらは、カメラの前で冷静に当時を振り返っている。危険と隣り合わせな「洞窟潜水」に取り付かれた理由、その魅力にとどまらず、少年時代に抱いていた劣等感までも告白する。

 新型コロナウイルスの影響でなかなか現地入りできなかったという両監督。彼らとオンライン・インタビューを積み重ね、そこまでの信頼関係を築いたというから舌を巻く。

 話を本作に戻そう。13人全員の無事が確認されたのは、捜索開始から10日目だ。打電された朗報に世界中が歓喜したが、問題はどうやって外に助け出すか。現場は光の届かない洞窟の奥深く。濁った水の中、地形のはっきりしない先を目指すこと自体、危険極まりない行為だ。軍の特殊部隊でも、おいそれとは潜れない。

 二次災害の恐れもあり、水位が下がる(数カ月先!)のを待って助け出す案もあったというが、当然ながら、そのような手段は取られていない。

 では、どうやって。救出劇は世界の耳目を集めており、正答を知る読者も多いだろうが、ここではあえて触れないでおく。第一感では「あり得ない」、荒唐無稽とも思えるまさかのアイデアが奇跡につながるまでを見てほしい。もちろん、答えを知っていても、鑑賞者を画面に引き込む「奇跡の裏側」の魅力は減じないのでご安心を。

 チャイ・ヴァサルヘリィ氏は「このプロジェクトには、ジミーと私が最も好きな要素がすべてそろっていた」と語っている。いわく「あらゆる困難に立ち向かうこと、計り知れないほどのサスペンス、そして、より深いものをテーマにした物語を語る機会」だ。「人間を分断するものではなく結び付けること」がテーマだという。

 ジミー氏は「人間の可能性、精神の強さ、乗り越えられないような困難に直面したときの人間の能力を描く物語を検証することをキャリアとし、今回の物語もそう」と言う。

 2年がかりの関係者取材で追求したリアリティーの中に、2人の思いを感じてほしい。場面は多くないが、怖くて美しいタイの自然も見どころだ。

 最後に。救助活動は奇跡の成功を収めたと伝わっているが、活動に加わり、命を落とした関係者もいる。冥福を祈りつつ、筆を置きたい。

 「THE RESCUE 奇跡を起こした者たち」は2月11日より全国で順次公開。

(2022年1月29日掲載)

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