熱き女性解放運動の軌跡
あなたは、理不尽な状況を、仕方ないと諦めてはいないだろうか? 勇気を振り絞って声を上げ、連帯して力を合わせれば、旧態然とした社会を変えていくことだってできる。グロリア・スタイネムとその仲間たちが、教えてくれる。(松原慶・著述業)
主人公のグロリアは、アメリカの伝説的な女性解放運動家だ。1972年、世界初、女性による女性のための雑誌「Ms.(ミズ)」を共同創刊したことで知られる。ライターとしては1963年、ニューヨークのプレイボーイ・クラブにバニーガールとして潜入したルポルタージュで、一躍有名になった。華やかなショービジネス、高収入をうたう求人広告とは裏腹に、過酷な肉体労働やクラブのピンハネ、法律違反の常態化を暴いた。
勇敢で人を魅了してやまないグロリアと社会運動全盛だった激動の時代を鮮烈に描き出したのは、ジュリー・テイモア監督。メキシコの女性画家、フリーダ・カーロの伝記映画『フリーダ』でも、女性に生まれたがゆえに抱えた苦悩を繊細に描いて、注目を集めた。主演は、青年期を『リリーのすべて』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したアリシア・ヴィキャンデルが、40代からは『アリスのままで』で同賞の主演女優賞に輝いたジュリアン・ムーアが演じている。
グロリアは白人中産階級の、バリキャリのスーパーウーマンという印象があったが、大いなる誤解だった。子ども時代は、父親が放浪癖のある古物商だったため、一家でトレーラー暮らしをし、満足な学校教育も受けていない。草分けの女性新聞記者だった母親は精神を病んで処方薬依存になり、グロリアはヤングケアラーとして、貧しく孤立した生活を送らざるを得なかった。この極限的な経験を持つからこそ、傑出した共感性が養われたのだろう。
大学卒業後、グロリアは奨学金を得て、心酔していた非暴力主義のガンジーが暮らすインドに滞在する。そこで、ガンジーが、実は女性たちから非暴力を習得したことを知った。女性活動家に同行させてもらい、現場に分け入り、輪になって語りあうことの重要性に気づく。
人種や階層、セクシュアリティ、世代にかかわらず、さまざまな立場の人との対話から学ぶことが、彼女の基本姿勢となった。こうして広がったグロリアの人間関係には、確固たる友情を築いたネーティブ・アメリカンのチョロキー族初の女性首長もいる。
女性解放運動に開眼することで、自分自身を救うことができただけでなく、母にのしかかった抑圧にも想いをはせることができるようになった。母が現役の頃、女性名の署名で書くことは許されず、男性の偽名を使わざるをえなかった。
グロリアの時代になっても、女性は男性のアシスタント役や、ファッションや恋愛など限られた分野の仕事を割り当てられることが当然視されていた。潜入記発表後は、その美貌とスタイルの良さで、性的に魅力的だと、ルッキズム(外見主義)にさらされ、あらがわなければならなかった。
女性解放運動の推進のために、女性たちが自前のメディアを持ち、発信することは不可欠だったし、時代もそれを求めていたのだ。創刊号で廃刊という前評判を裏切って、「ミズ」は飛ぶように売れ、その影響力は津々浦々に広がり、あまたの人生を変えていった。
グロリアは一日にしてならず。本作で人間性を深く掘り下げてくれたおかげで、勇ましい活動家の一面だけでなく、後悔や不安、寂しさを内に秘めた人間グロリアと出会うことができる。
米国とほぼ同時発生した、日本のウーマンリブ運動をけん引した田中美津のドキュメンタリー映画「この星は、私の星じゃない」(吉峯美和監督、パンドラ)のことも、思い起こさせた。子ども時代にセクシュアル・アビュース(性的虐待)を受け、グロリアと同様に、心の中に“膝を抱えて泣く少女”がいた田中も、女であることの痛みに徹底的にこだわり、女たちの生きづらさに声を上げた。
点が面になり、うねりになっていく。自由は伝染しやすい。一歩を踏み出す勇気を与えてくれる、刺激的な作品だ。
5月13日から全国順次公開。
(2022年5月掲載)
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