◆コラム 貴景勝の変化相撲、伏線と面目と代償と
 若林哲治の土俵百景

2023年09月26日18時00分

手詰まりか駆け引きか

 秋場所千秋楽、大関貴景勝と東前頭15枚目・熱海富士の優勝決定戦は、一瞬で勝負がついた。突っ込んでくる熱海富士を、左へ変わった貴景勝のはたき込み。21歳の新鋭からあふれる魅力で最高潮に達した興奮は、大きなどよめきとなり、ため息に変わった。

  貴景勝は「右差しを徹底して封じようと思った。ああいう形で決まるとは思わなかった」という。狙っていたかどうかはともかく、伏線は幾つもあった。

  日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は「ちょっとがっかりした」としながら「持っていく自信、体力がなかったのだろう。前の相撲で精根尽きていたのでは」とみた。直前の本割も、大栄翔を厳しい突き押しの応酬の末に下している。初日と10日目が物言い取り直しだったから、決定戦が今場所18番目の取組だった。

  名古屋場所を両膝のけがで全休し、稽古不足で臨んだ場所。14日目、師匠の常盤山親方(元小結隆三杉)は「9日目の豪ノ山戦で自分の相撲に目が覚めた感じ。膝が思ったより良くなったのも大きい」と後半戦の当たりと押しを評価しつつ、体力を心配していた。

  貴景勝の相撲は当たりと押しを繰り返して出るので、時間と体力を使う。リーチが短いため、大きく突き放す押し相撲ではない。いなしと突き落としはもっぱら左から。相手との距離や攻め手の幅は広くないが、立ち合いの変化はある。左右に変わらないのは頭から「変化」の二文字を追い出した力士で、貴景勝の頭の隅にはある。

  13日目、熱海富士を3敗に引きずり降ろした一番は、押して左でいなし、向き直る相手を最後は珍しく右をのぞかせて寄り切った。突き押しだけでは持っていけない熱海富士に対し、持てる攻め手を使ったように見える。

  熱海富士のように前相撲からスピード出世するのは、のみ込みが早いから。貴景勝とすれば、同じ取り口が通用する自信はなかっただろう。

  さらに熱海富士は、14日目に阿炎の立ち合いの変化を残して勝った。それを見ている貴景勝は変わってこないだろうと熱海富士が考え、貴景勝がその裏をかいた可能性もある。

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