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◆コラム 力士の言葉が伝わり始めた時代〔支度部屋の風景〕①
 若林哲治の土俵百景

2023年03月08日19時00分

大相撲取材の原状回復を願って

 新型コロナウイルス感染防止のため、記者が支度部屋で取材できなくなってまる3年がたった。一般社会で「ウィズコロナ」の動きが急加速しても、スポーツの取材現場は一気に元通りとはいかない。大相撲も番付発表後の出稽古、横綱審議委員会の稽古総見などとともに、独特の支度部屋取材が復活した時が、相撲界の原状回復と言えるのだろうか。一日も早い復活を願って、支度部屋取材のあれこれを数回にわたって書いてみたい。

 幕内土俵入りが終わり、力士たちが化粧まわしを外して取組の準備を始める頃、支度部屋に記者たちが入り始める。十両に注目力士がいればもう少し早い。支度や準備運動の邪魔にならないよう身のこなしに注意し、各力士を観察しつつ、取り終えた力士が戻るのを待つ。勝負の結果は支度部屋のテレビで見る。支度部屋当番は、現場にいながら相撲を生で見られない。

 私が初めて支度部屋に入ったのは、蔵前国技館時代の1982年初場所初日だった。先輩たちから「出番前に話し掛けるな。まわしをまたぐな」などの心得を教わったものの、ノートとボールペンを握り締め、どこに立っていたらいいのかも分からず、うろうろしていた。

 支度部屋でたばこを吸う光景は、それだけで今どきの記者は信じ難いだろうが、当時でも、力士たちが吸い終わったたばこの火を足の裏で消すのには驚いた。はだしで稽古をしているから足の裏が丈夫なのだ。

 もっと前の時代は記者も吸えた。ある記者のたばこの火が、出番前の貴ノ花(初代)の尻に触れるトラブルがあったが、不調だったのがそれから持ち直し、「文字通り尻に火が付いた」と笑い話になったそうだ。今では力士も禁煙になって久しい。

 コの字形に上がり座敷があり、各力士はまわしや座布団などをしまう明け荷を置いて席を確保する。風呂から出て明け荷の前に座り、床山に大いちょうをちょんまげに結い直してもらい、着物や浴衣に着替えて帰るまで、10分から15分ぐらいの間が取材の時間だ。

 横綱・大関や負けた力士には、話し掛けるタイミングが難しい。土俵上で両力士が立ち合いの呼吸をはかるのに似ている。力士によっては口火を切る記者がだいたい決まっていることもある。戦ってきたばかりの力士の息遣い、汗の流れ、目の動き、ポツポツと漏れる言葉…。そこから幾多のエピソードが生まれ、相撲報道を彩った。

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