番付が溶けていく
 若林哲治の土俵百景

徳勝龍優勝の向こう側

 初場所千秋楽結びの一番は、東支度部屋のテレビで見た。読者の記憶に新しいだろうから詳細は省くが、徳勝龍が左四つから貴景勝を寄り切って勝ち取った、見事な自力優勝だった。

 思い出した一番がある。1984年秋場所14日目。1敗で優勝争いの先頭を行く西前頭12枚目多賀竜(現鏡山親方)を、審判部はまだ綱取りの望みが残っていた大関若嶋津(現二所ノ関親方)に当てた。

 多賀竜得意の右四つ。互いに両まわしを引いて寄る、残る。激しい攻防の末、若嶋津の左上手が伸び、頭をつけた多賀竜が力を振り絞って寄り立て、体を預けて寄り倒した。両者しばらく土俵下で起き上がれない力相撲だった。

 勝負の瞬間、支度部屋のテレビで見ていた先輩記者たちが「うおお!」と立ち上がった。ともすれば斜に構えたところのあるベテラン記者たちが興奮する相撲は、なかなかあるものではない。蔵前国技館の歴史は、多賀竜の平幕優勝で幕を閉じた。

 鏡山親方は以前、「おれ、幕内で2桁勝ったのはあの場所だけなんだよな」と苦笑したことがある。平幕優勝は番狂わせの最たるものだから、とかくあれこれ言われるが、たとえ神がかり的な力であっても、優勝する力士はふさわしい見せ場をつくるものだ。多賀竜は11日目にも、関脇大乃国(現芝田山親方)に当てられて勝っていた。

 徳勝龍が貴景勝を寄り切ったのは、あの時と同じ正面土俵。最後の2人の倒れ込み方も似ていた。私はその意味でも、思わず「おお」と声を出してしまった。

 顔も体つきも、子どもが書くお相撲さんの絵のような徳勝龍。穏やかな顔に流れる涙。奈良県出身の関西人らしい愉快な優勝インタビュー。場所中に突然、世を去った伊東勝人近畿大相撲部監督の遺影。年の初めの場所は、多くの観客の涙を誘い、心を温めて幕を閉じた。

 しかし、15日間の土俵で見えたものは、そうではない。大相撲の変容を思わせるような「番付シャッフル」ともいうべき光景だった。

 初日。番付には発表された時に一通り目を通したはずだが、忘れていたのだろう。西方幕内土俵入りを見ていて、えっと思った。炎鵬の前を、栃ノ心が歩いている。

 栃ノ心より炎鵬が上か。改めて番付を見た。確かにそうだった。西前頭5枚目に炎鵬、6枚目に栃ノ心。炎鵬がどうのこうのではない。年が明けたからもう一昨年になるが、栃ノ心が大関昇進の使者を迎える姿を見ながら、横綱も狙えると期待したのを、きのうのように思い出したのだった。

バックナンバー

特集

コラム・連載

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ