生死の境、3度経験 元整備兵の証言

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戦争が始まるとは夢にも…

 飛行機整備兵になり、1940(昭和15)年に空母「飛龍」に乗り込んだ。翌41年には一等整備兵に昇進した。同年11月に大分・別府を出港したが、船内の通路の空きスペースには重油が入った数万個の一斗缶が並んでいた。異様な光景で、よほど長い航海なのだと感じたが、戦争が始まるとは夢にも思っていなかった。

 11月下旬に上官から「ハワイを攻撃する」と伝えられた。あの米国と戦争するのか。資源のない日本が勝てるのかと、疑問が湧いた。

 真珠湾攻撃は隠密作戦。そのため、一番海が荒れる時期が選ばれた。高さ約20メートルの見張り台にいた兵士が波にさらわれるほどの悪天候。大きく揺れる船内で、まともに歩くこともできない中、一斗缶に入った重油を燃料タンクに移し替える作業を約4日間続けた。

 さらに、真珠湾に向かう航海は規制だらけだった。敵に悟られないよう、海にちり紙一枚すら捨てることは許されない。無線機も封鎖された。

 こうした入念な準備もあり、真珠湾攻撃は予定通り行われ、日本が勝利した。日本に帰って来たら町はちょうちん行列のお祭り騒ぎになっており、びっくりした。あまりの浮かれぶりに、米国を相手に最後まで日本は持つのか不安もあった。

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